宝塚音楽学校入学式 修造娘・恵さんを待つ“鉄の掟”紫吹淳が明かす
2017年04月19日 05:30
芸能
今後、宝塚歌劇のスターを目指し、予科と本科の2年間にわたり、声楽やダンスなどの練習に励む。恵さんは宝塚歌劇団創始者の故小林一三氏を高祖父に持ち、一族も宝塚出身が多いが、一三氏は生前、劇団の機関誌で「密接の親類関係からその家庭を斟酌(しんしゃく)して入学せしむることは、(中略)試験は厳重に審査している」と縁故入学を否定。さらに待ち受ける学校生活は、本人の実力ややる気がなければ乗り越えられないほど規律が厳しい。
84年に入学し、86〜04年まで宝塚歌劇団で活躍した紫吹は、福岡・博多座で舞台「細雪」(28日まで)の公演の合間にスポニチ本紙の取材に応じ“鉄の掟”を明かした。大前提にあるのは、予科生にとって「本科の上級生は“絶対”の存在」ということ。校内で廊下を歩く際は「壁沿いを1列で速足で歩き、私語や笑顔は厳禁。外を歩く時も2列縦隊です」と説明。掃除は毎朝約1時間半、教室や玄関、トイレなど持ち場をちり一つ残さないよう磨き「制服のスカートの内側に粘着テープをちぎって何枚も貼り付け、ほこりに気がついたらすぐに掃除ができるようにしていました」と振り返った。
寮生活でも、上級生に迷惑をかけないよう「目覚ましが鳴ったらすぐに止める」という。私服の色も当時は黒、紺、グレーだけ。阪急電車を見かけたらお辞儀するルールもあり「上級生や劇団関係者が乗っているかもしれないので、顔が見えなくても頭を下げます」と解説した。
厳しい学校生活を経て「培われた行儀作法や品格が今も役立っている」と話す。恵さんについては「端正な顔で、私が入学した時よりもしっかりと形が出来上がっている。将来性があると思います」と期待を寄せた。