人間がものを考えるという図…藤井聡太四段の勝負の姿
2017年07月05日 09:44
芸能
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活字での知識しかないのだが、棋界の天才の中で特に興味を引かれたのが、芹沢博文氏だ。小学生の時に、飛車角落ちながら、木村義雄名人を破って注目を集め、19歳で四段に昇進してプロ入りした。24歳でA級八段まで一気に駆け上がっていった。
このころ、同世代で最も注目されていたのが、加藤一二三九段だった。加藤氏らとともに、芹沢氏も将来の名人候補と注目された。しかし、進撃はA級に昇級したところで終わってしまう。情熱を失った、名人にはなれないと悟ってしまった、酒におぼれたなど、さまざまな臆測はあるが、真意は知るよしもない。
碁でも将棋でもね、男と男があらん限りの力を出し合ってぶつかるんだ。美しいよ。残酷だし、豪壮だよ。人生なんてもっと甘い。あんな絵は他じゃ見られないよ。
芹沢氏の言葉として、作家の色川武大氏が「男の花道」の中で紹介している。将棋は、スポーツとは違って肉体の躍動がないのに、男同士が「あらん限りの力」を振り絞って勝負をしているのだと知って、驚き、無知を恥じた記憶がある。人生なんて、将棋の勝負に比べたら甘いのだ、と。色川氏によると、芹沢氏は晩年、自ら酒とギャンブルにおぼれて生活を乱し、ゆるやかに命を削っていった。肝不全で亡くなったのは51歳の時。色川氏は「観念的自殺」と表現した。
しかし、その課程で1度、勝負の炎を燃やした1局があったという。やはり、将来の名人候補として頭角を現していた谷川浩司氏との対局だ。「すごいやつが出てきた」と谷川氏を認めた芹沢氏は、対局前に酒を断ち、素晴らしい将棋を指して、のちに名人となる谷川氏を破った。
強者は強者を知る。天才は、天才を乗り越えて現れる。千代の富士と貴乃花のように、時代が変わる時、勝負の世界では、世代の違う天才の遭遇が見られる。芹沢博文氏と谷川浩司氏。そして、加藤一二三氏と藤井聡太四段。将棋界の時の流れが、大きく変わろうとしている。
藤沢秀行がね、盤面に向かって白扇を三分ほど開き、それを額にこう当てて、長考に入る。あの形ったらない。人間がものを考えるという図は、こういうものかと、ただ納得する。
囲碁の天才、藤沢氏を評して、芹沢氏が話した言葉という。残念ながら、芹沢氏、藤沢氏ともに、長考している「図」は見たことがない。しかしこれからは、藤井四段が長考し、男の勝負の姿を見せてくれる時代がやってくる。
◆鈴木 誠治(すずき・せいじ)1966年、浜松市生まれ。将棋は、小学生の時に2歳年下の弟に負けてやめた。麻雀が弱すぎて、自分の頭の悪さをやっと自覚した。以後、知的ゲームには一切、手を出していない。