是枝裕和監督「真実」支えた1人の通訳 カトリーヌ・ドヌーヴが樹木希林さんに重なり…年1本ペース転換

2019年10月10日 10:00

芸能

是枝裕和監督「真実」支えた1人の通訳 カトリーヌ・ドヌーヴが樹木希林さんに重なり…年1本ペース転換
映画「真実」でカトリーヌ・ドヌーヴ(左)らを演出する是枝裕和監督(中央)photo L. Champoussin(C)3B-分福-Mi Movies-FR3 Photo By 提供写真
 昨年の第71回カンヌ国際映画祭で日本映画21年ぶりとなる最高賞“パルムドール”を「万引き家族」で受賞した是枝裕和監督(57)の最新作「真実」が11日、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国ロードショーされる。仏女優カトリーヌ・ドヌーヴ(75)らが出演する自身初の国際共同製作作品が実現した要因、ドヌーヴの魅力、今後の展望などについて是枝監督に聞いた。
 「シェルブールの雨傘」「終電車」「8人の女たち」などのドヌーヴ、「ポンヌフの恋人」「イングリッシュ・ペイシェント」「ショコラ」などの仏女優ジュリエット・ビノシュ(55)、「トレーニング デイ」「6才のボクが、大人になるまで。」「ビフォア」シリーズなどの米俳優イーサン・ホーク(48)らをキャストに迎えた国際共同製作作品。

 2011年2月、来日したビノシュと是枝監督が「女優とは、演じるとは何か?」をテーマにイベントで3時間超の対談。その時に「いつか映画を一緒に作りましょう」と約束。18年5月、カンヌ映画祭授賞式の直後、イーサンとの出演交渉のため、ニューヨークへ渡り、既に製作は始動していた。

 ビノシュとのアイデアのやり取りが始まったある日、是枝監督が「クローク」と題されたプロットを引き出しの奥から取り出した。16年前に書いた、女優の楽屋のみを舞台にした未完成の戯曲を、フランスの老女優である母と女優になれなかった娘のストーリーへ大胆な改定を思い付いた。

 17年4月、ドヌーヴと面談。9月にはドヌーヴへのロングインタビューを行い、11月末に脚本の初稿が完成。18年3月、ドヌーヴへの2回目のロングインタビュー。その後、ロケハン、子役らのオーディションなどが進み、6月に製作発表。10月から約2カ月、全編フランスで撮影し、今年7月、構想8年の末に完成した。

 フランスの国民的大女優ファビエンヌ(ドヌーヴ)が自伝本を出版することになった。タイトルは「真実」。ニューヨークで脚本家をしている娘のリュミール(ビノシュ)、テレビ俳優として売れ始めた嫁婿ハンク(イーサン)、7歳になる2人の娘シャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)、さらにファビエンヌの現在のパートナーで“料理担当”のジャック(クリスチャン・クラエ)と落ちぶれた元夫ピエール(ロジェ・ヴァン・オール)、公私にわたるすべてを把握する長年の秘書リュック(アラン・リボル)――。“出版祝い”を口実に、ファビエンヌに関わるあらゆる“家族”が集まるが、全員の気掛かりはただ一つ。「一体、彼女は何をつづったのか?」。積年の思いをぶつけ合ううちに、ファビエンヌとリュミールの“真実”の違いが浮き彫りになる…。

 脚本は日本語で書き、演出も日本語で行った。微妙なニュアンスをキャストやスタッフに伝える難しさは?と尋ねると、是枝監督は「2014年12月のマラケシュ国際映画祭(モロッコ)で日本映画の特集がありまして、僕は団長として行ったんですが、レア・ルディムナさんという女性通訳の方が今までにないぐらいパーフェクトな翻訳をしてくれたんです。僕がいくらしゃべっても一切メモを取らずに訳してくれて。聞くと、フランス生まれ日本育ちのハーフの方で、フランスのナント在住。日本の漫画などをフランスで出版する時に翻訳をしていると。それからずっと、僕の映画のフランス公開の時は字幕や通訳を全部お願いしています。この4~5年、そういう関係が続いていて、彼女がいれば、もしかすると、それほどストレスを感じずにフランスで撮れるかもしれないと思って、このプロジェクトにGOを出したぐらい、彼女ありきなんです」と明かした。

 「だから、役者と僕のコミュニケーションにおいては、お互い、それほどストレスは感じてないと思います。ただ、もちろん字幕もそうなんですが、日本語で書いた脚本をフランス語に訳す時が大変。日本語は主語を省いたり、過去形と現在形がゴチャ混ぜになっても通じますが、フランス語は常に主語が必要だったり、男性名詞と女性名詞もあったりして、日本語で削られている部分を戻す作業をしないといけないんです。その辺は、僕よりレアさんが苦労しているんじゃないかと思います」

 レアさんとマラケシュ映画祭で出会ったのは全くの偶然。この巡り合いがなければ「今回、やる自信がなかったと思います」と言うほど心強い存在だった。

 ドヌーヴへの出演依頼は「伝説的な女優の役なので、世界中を見渡しても彼女ぐらいしかいない。ただ、本当にスクリーンの向こう側の人だったので、オファーはチャレンジで、思い切ってしました」。その魅力については「まあ、チャーミング。どんなにわがままだろうが、どんなに遅刻しようが、僕も含め、クランクアップの日にはスタッフはみんな彼女のファンになっていました」。“わがまま”の1つは「パリを出たくない」で「主人公の家をどこに設定するかで、パリ郊外に見つけた家を提案すると『ここはパリじゃない』と。彼女の考えるパリは本当に都心。『そんなところまで車で行ったら、撮影が始まるのは午後2時になるわよ』と言われました」と振り返った。

 演技面については「やっぱり随所に素晴らしいテイクがあるんです。ただ、セリフも全く準備をしてこないので、その素晴らしいテイクが訪れるまで待たないといけない」と苦笑いで絶賛。「テイク8とか9とか10辺りで、だいたい素晴らしいテイクが来ます。来ないことはないです。毎回、来るのは凄いですよね。『今日、夜の8時半にディナーの約束をしているから、どうしても撮影は8時までに終わらなくちゃいけないの』と言っているのに、1時間遅刻した時は、一発で素晴らしいお芝居して『じゃあねー』と帰っていく。『なんだ、できるんだ』『毎日デートの約束をしてくれればいいのに』と思いました」と冗談めかして笑った。

 「とはいえ、僕も毎朝、差し込みの台本を書いてたから、ちょうど良かったんですけど。セリフを覚えられてきて『覚えたことしかできません』と言われるよりは、ずっと良かったんです。だから、そういう意味で相性は悪くなかったと思います。それから、監督が求めているものや作品のトーンをつかみたいから編集したものを途中で見せてくれ、とも言われました。それを見て『分かった、分かった。こういう感じのユーモアね』と自分のお芝居を決めていくのも良かった。撮影当時の感覚だと、全体の5分の1か4分の1ぐらい撮影が進んだところでDVDを渡したんですが『デッキが壊れていて見られない』と放置されて(笑)。3分の1ぐらいのところでスタッフ試写会をやったんですが、そのタイミングで同じものを見てもらいました」

 今回のドヌーヴを見ていると、是枝作品を支えた樹木希林さん(昨年9月死去、享年75)がどこか連想される。是枝監督も「役作りとかキャリアとか、全くタイプの違う女優さんなので、そんな意識はなかったんですが、出来上がったものを見てみると、僕も時々、ドヌーヴさんが希林さんに重なって見える瞬間があって。面白いもんだなと思いました。何となく毒舌が軽やかで、センスが良いという共通点があるんですよね」。映画冒頭、主人公ファビエンヌが自宅で記者の取材を受けるシーンがあるが「そこで人の生き死についてブラックジョークを飛ばしたり。娘の旦那(イーサン)を揶揄(やゆ)したりするところなんかも」と具体的な場面を挙げた。

 綾瀬はるか(34)長澤まさみ(32)夏帆(28)広瀬すず(21)の“4姉妹”を描いた「海街diary」は15年6月公開、阿部寛(55)主演で団地を舞台にした「海よりもまだ深く」は16年5月公開、福山雅治(50)主演の法廷サスペンス「三度目の殺人」は17年9月公開、パルムドールの「万引き家族」は18年6月公開、そして「真実」と年1本公開ペースが続いているが「もう無理。もう、それほど続けて作らなくてもいいかなと。体力はまだ続くんですが、年1本公開には結局、常に3本ぐらい並行して動かしていないといけない。もちろん大変だったらやってないわけで、楽しかったんですが、このままで大丈夫かという不安です。今、いったん立ち止まって、ちょっとペースを変えてみようかと思っています」。次回作は来年20年春頃に始動予定という。

 今後については「全然、決めていませんが、本当にありがたいことに、いろいろ可能性が広がりました。今までは難しかった大きめの企画も実現できるチャンスなのかなとも思いますし、『万引き家族』がアカデミー賞の外国語映画部門にノミネートされてロサンゼルスを行き来している中でアメリカで撮るのも無理じゃないのかなと夢を抱いたり。自分じゃない脚本家と組んで、自分が今まで全くやったことのない話に挑戦してみたいとも思いますし。また次の旅に出たいですね」と展望、未来図を描いた。

 「真実」は爽やかな読後感が印象的。「『万引き家族』も別にバッドエンドとは思ってないですが、たまに明るい着地の映画を作りたくなることがあって。今までだと(九州新幹線を題材に離ればなれに暮らす小学生の兄弟を描いた)『奇跡』(11年公開)とかですかね。今回は自分の中でも最も明るい方へ振ろうと決めて現場に入りました」。是枝作品に、また新たな1ページが刻まれた。

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