「いだてん」阿部サダヲが“天才”たる所以 井上剛監督が明かす驚きの身体感覚 5話分ランダム撮影なんの
2019年11月03日 08:00
芸能
前半の主演を務めた歌舞伎俳優の中村勘九郎(37)は「日本のマラソンの父」と称され、ストックホルム大会に日本人として五輪に初参加した金栗四三(かなくり・しそう)を演じた。第1章「明治編」はストックホルム五輪に懸けた四三と三島弥彦(生田斗真)の青春、第2章「大正編」は四三が後進の育成を新たな夢とし、箱根駅伝の創設や女子体育の普及に励む姿を描いた。
阿部は水泳の前畑秀子(上白石萌歌)らを見いだした名伯楽で64年の東京大会招致の立役者となった朝日新聞記者・田畑政治を熱演。第3章「昭和・戦前戦中編」は日本水泳陣が大活躍した32年ロサンゼルス五輪、第2次世界大戦の影が忍び寄る中で“前畑ガンバレ”のラジオ実況に日本中が熱狂した36年ベルリン五輪、幻となった40年東京五輪を激動の世界史とともに描いた。
阿部演じる田畑は“浜名湾の河童”と呼ばれながら、幼少期の病気のため泳ぐことを断念。しかし、新聞記者の傍ら、指導者として日本中から有望な若手を発掘。水泳総監督として32年ロス五輪に参加し、男子6種目中5種目金メダルに導いた。
田畑は第25話(6月30日)から本格登場。当初の田畑は早口とせわしない性格から、治五郎に「口がいだてん」と評された。場をかき回す明るいキャラクターは阿部にピッタリ。第25話を撮影したのは昨年夏で、まだ先の脚本が出来上がっていなかったため、井上監督は「最初は手探りでした。その後も阿部さんとは物語の段階を経ながら分かる範囲で、その都度、話はしてきましたが、本格的なというか、最も難しいという意味でのキャラクターづくりの相談をしたのは、戦争を経た後の第4クールに入ってからです。64年東京五輪の組織委員会で、彼の周囲が激変していくので」。ただ「いだてん」は史実と綿密な取材を基にストーリーを展開する。早口やタバコを逆さまにくわえるというクセを取材で見つけたら「『早口は頭の回転の速さに口が追い付かない』という田畑ならではのキャラクターになると、宮藤さんがおっしゃって。そういうエピソードをいくつも組み合わせていくと、自然とインパクトのあるキャラクターになっていったので。実は前もって設計した部分は意外とありません」とした。
田畑が前畑ら選手のタイムを測る時、クルッと体を回転しながらストップウオッチを止める動作は演出サイドのアイデア。「第1部の金栗さんに比べると、第2部の田畑さんは体を動かす場面があまりないかもしれないと思ったんです。それでアクセントとして、体を動かす瞬間も欲しいよね、と」。治五郎を「じじい」、日本橋のバー「ローズ」のママ、マリー(薬師丸ひろ子)を「ばばあ」呼ばわりするのもドラマオリジナル。「口が災いする第4クールへの伏線として、田畑さんをあまりいい人にしたくなかったんです。視聴者の皆さんに『あの口の悪さだったら、それはダメだよね』と“のちに”感じていただくためのリアリティーを持たせる狙いです」と明かした。
「あまちゃん」「64(ロクヨン)」「トットてれび」のチーフ演出、テレビドラマとドキュメンタリーを融合した「その街のこども」などで知られる井上監督が阿部とタッグを組むのは初。「天才」と評した。
「そのシーンの中で自分がどう立ち回るのがベストなのかという脚本の理解力が凄いんです。阿部さんの場合、頭で考えたことを遥かに身体や表情が凌駕していく。動きの間合いといいますか、芝居の渦の作り方といいますか」。田畑のキャラクターはロス五輪の頃はイケイケ、日中戦争や太平洋戦争の頃になると東京五輪招致に対して苦悩の色が濃くなった。大河ドラマは演者のスケジュールやセットの兼ね合いなどのため順撮りにはならず、1日に例えば第37話→第35話→第38話→第43話→第40話といった具合に“ランダム”な撮影になる。
「阿部さんはたぶん台本5冊分ぐらい頭に入っていて、各話ごとに“色”を付けて自分の中になじませているんじゃないですかね。普通の人なら、このセリフ量でランダムに撮られたら、混乱すると思います。特に『いだてん』は各回で全く違うドラマを撮っているような感覚なので、芝居のスピードもシーンの重たさも役者さんにとっては瞬間瞬間全く違うのに、阿部さんはピタッ、ピタッと合わせてくるんです。阿部さんなりの身体感覚の色分けが各話においてできているから、あれだけ振り幅の大きい芝居ができるんだと思います。僕らスタッフも各回で準備の仕方が全く違うし、毎シーン切り替えが難しいくらいなんです。例えば、治五郎さんが亡くなる重たいシーンの次に突如笑えるシーンを撮るみたいな際立ったシーンの連鎖ならまだ分かりやすいんですが、起伏があまりないシーンが続いても阿部さんはその流れの中でやはり微細に違う芝居の“色”を変えてくる。宮藤さんの脚本は『ただ廊下を歩いている』とか『誰かと出くわす』とか一見些細に見える、ト書き2行ぐらいのシーンの方が大事だったりします。阿部さんは、そこを絶対に踏み誤らない。そして各話ごとの微細な色分けも本当に考えていらっしゃるから、視聴者の皆さんも知らないうちに『あれ?最初の頃の阿部さんと今の阿部さん、違うね』と気付く時があると思います。なおかつ、相変わらず阿部さんだという部分もあって、そこが凄い。おかげで田畑というキャラクターが歳を取った第4クールもチャーミングさが残っていて。阿部さんの表現力には本当に驚かされました」
第4章については「ヘビーな展開だった第3クール後半を何か逆手に取るような明るさと、浅野忠信さん演じる“最大の敵”(大物政治家・川島正次郎)と田畑さんがどう渡り合っていくのかが最大の見どころ」と展望。
「日本の歴史そのものの振り幅が大きいといいますか、激流のような時代なので、田畑さんの振り幅も自然大きくなる。阿部さんもかみ締めて演じてくださったと思います。関東大震災から復興した東京の街や戦争を描いてきたので、その明るさの裏にあるものや、田畑さんたちがこれほど過剰なまでに東京五輪に頑張るバックボーンも視聴者の皆さんに感じていただけると、本当にうれしいです。人見絹枝さんら女子スポーツの発展を描いたこともすなわち、64年東京五輪の女子バレーボール“東洋の魔女”(徳井義実が大松博文監督役、安藤サクラが主将・河西昌枝役)につながる大きな大河の流れの話だと思っています」。2020年東京五輪を控える今の日本に重なるような、ラストスパートに目を凝らしたい。