梅ちゃんに「あっぱれ!」 旧友スポニチ記者が見た「マイホームパパの帝王」
2019年12月13日 07:30
芸能
大学の先輩だった梅宮。父親が開業医で跡を継ぐ立場にあったが、「休みもなく働き続けるオヤジの姿に、俺には町医者なんかできないよ」と、法学部に進んだ。
大学2年の58年に東映第5期ニューフェースに合格。筆者が記者になった65年には立派な若手ホープとしての座をつかんでいて、夜の盛り場で女を食いものにして生きる男を描くシリーズで、水を得た魚のように生き生きと好演。私生活でも映画同様、有名女優と浮名を流し、公私にわたって「夜の帝王」ぶりをほしいままにした。
人気を確固たるものにしたのが68年からの「不良番長」シリーズで、72年の「骨までしゃぶれ」まで16本に出演。ロケにもよく付き合ったし、銀座や六本木を飲み歩いた。良き時代であった。
そんな梅宮が銀座のクラブで知り合った米国人のファッションモデル、クラウディアと結婚(72年3月20日、ハワイで挙式)。それを筆者がスクープした時「脇ちゃん、これで俺も夜の帝王を卒業して、マイホームパパの帝王になるよ」と宣言。8月には長女アンナ(杏奈)が誕生。梅宮夫妻の「アンナ愛」は、はた目にもうらやむほどだった。
芸能文化人ガンクラブ(森繁久弥会長、三橋達也事務局長、当時)の仲間でもあった。毎年、クレー射撃大会を行い、スポニチが後援。打ち上げのバーベキューでは「料理人・梅宮」が大量の料理を作り、ふるまった。萬屋錦之介、ジョージ川口、松方弘樹、いかりや長介、三船敏郎らは家族連れで参加。三船は娘の美佳、梅宮も夫人とアンナを同伴していた。今の芸能界ではあり得ない大スターの家族ぐるみの交遊に付き合えたのは幸せなことだった。
仕事をし、女性を愛し、趣味の料理や釣り、ハンティングに全力投球。6回ものがんとの闘いに耐えて人生をまっとうした梅宮辰夫に「あっぱれ!」の言葉を贈りたい。 =敬称略=
(スポニチOB、脇田巧彦)