「麒麟がくる」本木雅弘が明かす道三ラスト秘話 高政と“父子最後の抱擁”ロケ苦戦し伊藤英明の慰労に自虐

2020年05月10日 20:45

芸能

「麒麟がくる」本木雅弘が明かす道三ラスト秘話 高政と“父子最後の抱擁”ロケ苦戦し伊藤英明の慰労に自虐
大河ドラマ「麒麟がくる」第17話。長男・高政(伊藤英明)との死闘「長良川の戦い」で討たれ、事切れる間際、息子にもたれ掛かる斎藤道三(本木雅弘、左)(C)NHK Photo By 提供写真
 【「麒麟がくる」本木雅弘インタビュー(上) 】 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(日曜後8・00)は10日放送の第17話「長良川の対決」で前半戦最大のクライマックスとなる1556年(弘治2年)の「長良川の戦い」と、俳優の本木雅弘(54)が演じた美濃の守護代・斎藤道三(利政)の最期が描かれた。道三は長男・斎藤高政(義龍、伊藤英明)に討たれ、この世を去った。22年ぶりの大河ドラマ出演となった本木が“美濃のマムシ”を“怪演”。圧倒的な存在感により新たな道三像を生み出し、初回(1月19日)から大反響を呼び続けた本木にインタビュー。「かなり濃い役だったことは確かで、苦労はしました」と振り返る道三の“ラスト秘話”を明かすとともに、年齢との闘いや俳優業の展望についても語った。
 俳優の長谷川博己(43)が主演を務める大河ドラマ59作目。第29作「太平記」を手掛けた名手・池端俊策氏(74)のオリジナル脚本で、智将・明智光秀を大河初の主役に据え、その謎めいた半生にスポットを照らす。物語は1540年代、まだ多くの英傑たちが「英傑以前」だった時代から始まり、それぞれの誕生を丹念に紡ぐ。

 本木が演じたのは、光秀の主君の斎藤道三。一介の油売りだった亡き父とともに親子2代で美濃の国盗りを狙う戦国下剋上の代名詞的存在。天才的な軍事力と狡猾な政治力を持ち、金銭への執着も強い。今作においては、出家前の「斎藤利政」時代から描かれた。

 伊藤が演じるのは、道三の長男・斎藤高政(義龍)。母は側室・深芳野(みよしの、南果歩)。そもそも深芳野が守護・土岐頼芸(尾美としのり)の愛妾だったため、高政は自分の出自に疑いを抱いている。そのため、父・道三との折り合いは悪い。光秀とは幼い頃からの学友。

 第17話は、道三(本木)が劣勢と知った信長(染谷将太)は、いてもたってもいられず兵を引き連れて飛び出していく。光秀(長谷川)は明智荘を守るべく、光安(西村まさ彦)と共に道三に味方することを決める。ついに長良川を挟んだ戦いが始まった。一進一退の攻防が続く中、自ら大軍を率いて押し寄せていった高政(伊藤)により、次第に道三軍の敗色が濃厚に…という展開。

 「長良川の戦い」の撮影は今年1月下旬、関東近郊でロケが行われた。冬場のロケ撮影は日照時間も短く、空模様も気まぐれ。その上に、現場はゴツゴツした大きな石が並ぶ川原。本木は「砂を敷き詰めて、ある程度の平らな舞台を作って殺陣のシーンを撮影したんですが、砂に足を取られるんですよ。もう動きの鈍い50代半ばの自分にとっては、ツラい状況。伊藤さんはもともとの頑丈さもありますが、全然へっちゃらなんです。殺陣の稽古も、前日の夜に確認しただけで大丈夫。私は足がもつれて倒れてNGにはなるし、テストも含め、連続して撮ると、息が切れたまま立ち上がれない。その度に伊藤さんが『本木さん、大丈夫ですか?』と私の体を引き上げてくれて。実は、敵対する息子に助けてもらいながらワンカット、ワンカットを紡いでいくという。なのに、画面上では若干、私の方が勝っているという変な反比例した形で撮影が進んでいきました。挙句の果てに、ボロボロになった私のところに、伊藤さんがジムグッズ一式を持ってきてくださって『(イボイボが付いた筒状のもので)こういうふうに筋肉をさすると、ほぐれますから』と。最後まで労れ続けたロケでした」と苦笑い。自虐交じりに撮影秘話を明かした。

 そして、道三は間隙を縫い、単騎突進。高政の前に躍り出て、一騎打ちを挑む。槍を交える2人。高政が「負けを認めよ!命までは取らぬ!我が軍門に下れ!」と叫ぶと、道三は「己を偽り、人を欺く者の軍門には下らぬ。そなたの父の名を申せ。父の名を申せ!」と息子を挑発した。

 「我が父は土岐頼芸様!土岐源氏の棟梁ぞ!」と言い張る高政に、道三は高笑いし「我が子よ、高政よ!この期に及んで、まだ己を飾ろうとするか。その口で皆を欺き、この美濃をかすめ取るのか!おぞましき我が子。醜き高政!そなたの父は、この斎藤道三じゃ!成り上がり者の道三じゃ」と現実を突き付けた。

 道三は再び高政に向かって突進。しかし、高政の兵が突き出した槍が、道三の脇腹を深々と刺し貫いた。瀕死の道三は高政に歩み寄り、体を預けるように倒れ込む。息子の腕の中で「我が子…高政…愚か者…勝ったのは、道三じゃ」と自分の数珠を引きちぎり、地面に落ちた。

 本木は“道三の最期のシーン”について、こう解釈した。

 「道三は最期、胴を突かれて地面に倒れる前、高政に抱きつくように接触して『我が子…高政…愚か者…勝ったのは、道三じゃ』と言い残しました。(チーフ演出)大原(拓)監督の演出ですが、父と息子との最後のスキンシップだったのかもしれません。そして、セリフにある『愚か者』は、おそらく自分にも掛けていたんじゃないかという気もするんです。最後は命を武器にしてまでも、高政に親殺しの汚名を着せるという策略が、また道三らしいな、と思いました」

 「高政との関係はねじれにねじれ、こじれにこじれましたが、戦国の世を生き抜く難しさを身を持って教えたということは、ある意味、道三なりの愛情表現だったと言えるかもしれません。道三としては、光秀や信長に未来を託した現実があり、息子に自分の志を譲り切れなかった無念さはあったと思うんです。その意味で、どんなに強く、自分らしさを全うした人生を送った道三であっても、脆く崩れゆくわけで、義母の樹木(希林)さんの言葉を借りれば、時代を問わず誰もが『人はやがて哀しき』(※注)に行き着くというような最期だったのではないか、と。高政との最後の接触は、たまたま絶命寸前の道三が高政に寄り掛かるように倒れただけなのですが、それが“父子の最後の抱擁”と捉えて見れば、それこそ『人はやがて哀しき』という無常観や、ある種、誇りや誉れに縛られ続ける戦国武士の宿命というか、虚しさも感じる場面になっているような気がします。壮絶というよりは、どこかに人間らしさが垣間見えるシーンになるといいかな、と薄っすらイメージして撮影に臨みました。高政役・伊藤さんのやるせない表情が印象的でしたね…。史実では、最後に鼻を削がれるんですが、それは免れました(笑)」

 【※注】2018年12月に発売された樹木希林さんの著書「一切なりゆき~樹木希林のことば~」(文春新書)に<「おもしろうて、やがて哀しき」。私は、人間という存在そのものが「やがて哀しきもの」だと思っています。日本人には「ものの哀れ」という感覚がありますが、人はみな、どんな人生を送ろうとも、最後には「やがて哀しき」に終着するのです>とある。

 =インタビュー(下)に続く=
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