「世界のミフネ」がいたから「世界のクロサワ」に
2020年05月27日 10:30
芸能
「日本の映画評論家やジャーナリストのほとんどが、三船さんは黒澤明監督の映画に出演したおかげで『世界のミフネ』になったと思っているようですが、それは大きな間違いです。本当は『世界のミフネ』がいたから黒澤監督は『世界のクロサワ』になれたのです」
私も長年、三船さんは黒澤監督の作品でこそ光り輝いたと思っていたので、美輪さんの言葉を意外に感じた。なぜ「世界のミフネ」あっての「世界のクロサワ」なのか…。美輪さんは「七人の侍」で三船さんが演じた菊千代について、三船さんに直接聞いた話を明かしてくれた。
「菊千代のおどけた場面が秀逸だったので『あれは監督の指導ですか、それとも三船さん?』と尋ねたら、三船さんは『よくぞ聞いてくれた』と私の手を壊れるくらいに強く握りしめて『今まで誰も聞いてくれなかったんだよ。あれはぼくの演技プランなんだ』と子供のようにとても大喜びで興奮しながら答えてくれました。三船さんのノートも見せてもらいましたが、細かく丁寧な字で演技プランがびっしり書き込まれていました。黒澤作品には三船さんのアイデアがたくさん詰まっているのです」
美輪さんは問い掛けた。「七人の侍」「用心棒」「天国と地獄」などの主役を、もし三船さん以外の俳優が演じていたら?……なるほど、考えてみれば、志村喬さん主演の「生きる」は別として、他の全ての魅力が激減することは明らかだった。美輪さんはこう続けた。
「その後、三船さんをしのぐ俳優は出ていません。整った顔立ちをした美男子で、存在感、バイタリティーがあり、さらにインテリジェンス、繊細さもありました。あの鋭い眼光、野太い声も魅力でした。『映画は監督のもの』とよく言われますが、名作は良い俳優、脚本、カメラ、そして音楽、美術、衣装など優秀なスタッフがそろってこそ初めて生まれるものです。黒澤監督は特に三船敏郎という映画史上に輝く名優に恵まれたからこそなのです」
今年は黒澤監督の生誕110年にも当たる。この機会に名作の数々を見直し、「世界のクロサワ」と「世界のミフネ」が同じ時代に映画界で生きたことによる幸せをかみしめたい。
◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。