芸能リポーターの須藤甚一郎さん 81歳で死去 長男「孫の写真を見ると涙を流していた」
2020年08月14日 05:30
芸能
昨年夏に熱中症で倒れ、以降は入退院を繰り返していた。足腰を悪くし、車椅子で生活していた。2、3カ月前から誤嚥(ごえん)性肺炎を発症。その後、消化器や呼吸器にも問題が見つかり、さまざまな合併症とも闘っていた。
健太郎さんによると、最後に甚一郎さんと面会できたのは亡くなる前日の10日。「意識はあるものの会話ができない状態だった。孫の写真を見ると涙を流していた」という。
早稲田大学を卒業後、女性週刊誌「女性自身」の記者としてキャリアをスタート。芸能リポーター転身後は、徹底的な取材と毒舌リポートを売りにお茶の間の人気者となった。
芸能スキャンダルに限らず、政治や事件など幅広い取材活動でも知られた。99年には東京都目黒区議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。19年までに6選した。体調を崩してからは議会の出席がかなわなかったが、芸能界への関心は衰えず、健太郎さんによると「山口百恵のような世代を超えたスターがいなくなったなあ」と漏らしていたという。
◆須藤 甚一郎(すどう・じんいちろう)さん 1939年(昭14)1月27日生まれ、東京都出身。早大卒。エジプト大使館などに勤務した後、ジャーナリストに。71年に週刊誌「微笑」の立ち上げメンバーとなった。芸能リポーター転身後は「アフタヌーンショー」「おはよう!ナイスデイ」「ルックルックこんにちは」などのワイドショーで活躍。オウム真理教の一連の事件時は、教団幹部の会見で鋭い質問をぶつけた。