大河「麒麟がくる」石川さゆり(下) 「歌い手芝居」の極致
2020年09月25日 12:00
芸能
そのチャレンジは成功した。
初登場からここまで、抑制の効いた絶妙な演技を見せてきたが、特に忘れがたいのは、5月10日の放送で、美濃を去ることになって涙を流す場面。光秀や妻の熙子(木村文乃)ら多くの共演者に囲まれ、ともすれば力んだ芝居になりそうなところを、大げさではなく、物足りなくもなく、必要十分としか言いようのない落涙を見せた。
「あのシーンの中で自分がどこにいるべきなのか考えました。お芝居は誰か1人が飛び出してしまったら良くありません。自分が観客として誰かの出っ張ったお芝居を見たら『ちょっと待って!』と思います。だから、今このシーンの中で自分はどこにいるべきなのかと考えます」
巧みなバランス感覚。それは実は歌う時にも必要なことなのだという。
「歌の中でも攻める時と引く時があって、そういうものを自分の心の中で感じながら歌っています」
石川は1973年にアイドル歌手として「かくれんぼ」でデビューする前、72年の連続ドラマ「光る海」にレギュラー出演している。つまり、歌手デビューよりも女優デビューの方が先なのだ。少女の頃に島倉千代子さんのステージを見て感動し、やがて歌手を志して芸能界入りしたのだから、そんな道筋はあり得ないのだろうが、この大河での演技を見ていると、もし、芝居に専念していたら、今ごろ「大女優」と呼ばれる存在になっていたのではないかと想像してしまう。
石川は「それは魔法の『もし』ですね」と笑う。
しかし、少なくとも、この大河で役者としての手応えを感じたはずだ。
「そうでしょうか…。でも、こういうことも楽しいとは感じました。人を表現していくのは面白い。音楽もエンターテインメントですが、ドラマは人間エンターテインメントという感じがします」
いずれ、この大河が終わる日がくる。今後また映像作品への出演依頼が来たら、どうするのだろうか。
「その時に必要とされることと、その時に自分がやらせて頂きたいという思いが重なったら、やってみたいと思います。ぜいたくな考え方で、これは私が役者さんではなく歌い手だから言えるのかもしれません。舞台でお芝居をすると『歌い手芝居』と軽んじて言われることもありますが、胸を張って『そうです。歌い手だから、歌い手芝居です』と言っています。歌い手だからできる芝居もあると思います」
光秀の母・牧は「歌い手芝居」の極致だ。この到達点のさらにその先を、次の作品で見たい。
◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。