朝ドラ「おちょやん」 トランペット再沈没の妙味
2020年12月23日 08:30
芸能
この場面がなぜ笑えたかと言えば、17日の放送で、似た場面があったからだ。場所は同じ、堀にかかる橋の上。福助から、芝居小屋の衰退の予測を聞いたみつえは「このアホ!」と激怒し、「なんや、こないなもん」とトランペットを堀に投げ捨てた。
両場面でオチとして登場したのが和服の紳士。1回目の場面では、トランペットが沈むと脇から福助に歩み寄り、ステッキを差し出た。福助は「え~、いいんですか?」と使おうとするが、すぐに物理的に不可能と判断。紳士に「こんなんで、ひらえるわけないやろ!」と大阪ことばで激しくツッコミを入れた。2回目の場面で和服の紳士が差し出したのは傘。今度はどうするかと思わせたが、福助は何も言わず、容赦なく堀に投げ捨てた。
「おちょやん」の見どころのひとつは「喜劇」。同じネタを繰り返し、発展させるところに喜劇の良い香りが漂った。
両場面で良い味を出しているのは、福助のトランペットの下手さ加減だ。芝居茶屋の跡継ぎにもかかわらず、仕事に興味がなく、練習に明け暮れているものの、まともに音を出せない。考えてみれば、上手な人のトランペットではなく、下手なやつのトランペットを投げ捨てるからこそ、笑いにつながるのだ。
興味深いのは、演じている井上が長くトランペットの練習をしていること。井上は「これまで楽器はやったことがなかったので、ある意味、役作りよりも大変です。5か月間、毎日練習していますが、最初は音すら鳴らなくて。音が出るようになったら、また次の壁が立ちはだかって…。何度も投げ出したいと思ったのですが、次第にもっと上手になりたいという欲が出てきて、楽しさに変わってきました」と明かす。
練習の成果を出すのだとすれば、この先、福助がトランペットを上手に吹く場面があるのだろう。でも、福助が上達したら、みつえが堀に投げ捨てる場面はなくなってしまうのか。あのネタはまた見たい…。そんなことに思いをめぐらせられるのも、このドラマの楽しみのひとつだ。
◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。