3・11描く月9「監察医 朝顔」放送中に節目の10年 金城P「ずっと祈るような気持ちで制作」
2021年03月08日 05:00
芸能
朝顔が阪神・淡路大震災で母を亡くしたという原作漫画から、ドラマは東日本大震災で母・里子(石田ひかり)が行方不明になっているという設定に変更。フジとして東日本大震災を真正面から扱う初の連続ドラマとなった。
金城プロデューサーは「原作が連載されていた頃から少し時間がたっていましたので、『2019年に放送させていただくとしたら、現代に合わせたい』と考えたのがきっかけではありますが、上野さんにどうしても朝顔を演じていただきたかったので、上野さんのご年齢に合わせたというのもあります」と再度、設定変更の意図を説明。
兵庫県出身で「私自身、1995年、小学1年生の時、阪神・淡路大震災を、大きく被災したわけではないですが、経験いたしました。大震災から街が立ち上がる時に、どれほど大きな労力と涙が流されるのかを肌で感じていたので、今まさに復興しようと懸命に活動されている地域を応援…と言うと、おこがましいですが、そういった地域にできることはないかと思いました」と自らの経験も影響したことを明かした。
上野は第1シーズンのクランクイン前、19年4月下旬に役作りのため岩手県陸前高田市を訪問。12年3月放送のテレビ東京「上野樹里が行く!桜前線大追跡~ヒマラヤから日本列島5400キロの桜ロード~」で苗を植えた桜と7年ぶりに再会。遺体安置所となった小学校の体育館や復興のシンボルとなった奇跡の一本松なども巡った。東日本大震災で親類を亡くした遺族会の人たちとも会い、8年たった胸の内など聞いた。
12年以来、陸前高田の市民と交流を続け、同地で今作のロケも行ったとあり、昨年10月に行われた第2シーズンの製作発表の際には「東北の皆さんの思いを一緒に乗せて作品を作れることを、うれしく思います」と涙を流した。
第1シーズン制作から約2年。何度も被災地を訪れた金城プロデューサーは「上野さんと撮影前に取材でご一緒した19年のことが一番思い出深いです。遺族会の方が少しずつ、当時のことをお話しくださいました。お子さんを探し続けたこと、遺体安置所にお子さんのご遺体を見つけた時のこと、知っている方のご遺体を見つけた時のこと、今も見つからないご親族のこと…。震災から8年もたっていたのに、こんな大切なことを全く知らずに陸前高田という土地に訪れた自分が恥ずかしかったです。そして、同じお話を上野さんが聞いていらっしゃる時のまなざしが、私の中でずっと『朝顔』のまなざしのイメージになっています」と振り返った。
東日本大震災に関わるシーンで印象に残るのは第1シーズン初回(19年7月8日)、朝顔の回想シーン。近所に人の様子を見に行った母・里子と別れてしまった朝顔が、神奈川から駆けつけた父・平(時任三郎)と再会。朝顔は父の胸の中で「お母さん、帰ってこないの」と泣きじゃくった。
「このシーンを現場で見ていて、朝顔という人の喪失感にがく然としました。企画書や脚本の文字面では分からないことが、上野さんのお芝居で形を持ち、温度を持って伝わってきました」
当初、第2シーズンは昨年7~12月に放送される予定だったが、新型コロナウイルスの影響のため、延期。オンエア期間中に東日本大震災の発生から10年を迎えることになった。
「10年というのは、被災地で過ごされた方にとっては『もう10年』とお感じになることもあるでしょうし、『まだ10年』とお感じになることもあると思います。節目というのは、ただ数字が示しているだけで、きっとお気持ちの節目を迎えることとは違う話なのだと考えています。それでも、この国に痛みを抱えた方がいらっしゃることを、しっかり心に留めて、どこかに『朝顔』や『平』や『里子』や『浩之』(柄本明)のような方がいると思うことで、少しでも深い悲しみに寄り添いたいと、ずっと祈るような気持ちで制作してまいりました」
最終回も近づく中、今作に込めた思いが伝わるに違いない。