相米さんが逝って20回目の9月

2021年09月14日 15:45

芸能

相米さんが逝って20回目の9月
映画「風花」の舞台挨拶に出席した(左から)浅野忠信、小泉今日子、相米慎二監督(2001年撮影) Photo By スポニチ
 【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】スポニチ北海道版の9月13日付終面。第74回秋季全道高校野球大会の釧根支部で釧路江南が優勝し、全道のトップを切って15年ぶりの代表権を手にした話題が大きく扱われていた。
 釧路江南は映画監督、相米慎二さんの母校である。監督が産声をあげたのは岩手県盛岡市だったはずだが、父親の転勤で幼少頃に北海道に転居、釧路で高校生活を送った。

 1985年に発表した「台風クラブ」の35ミリ・ニュープリント版が9月17日まで東京・渋谷の映画館「ユーロスペース」で特別上映中だ。2021年は没後20年イヤー。53歳の若さで逝って9月9日が20回目の命日だった。

 鶴見辰吾と薬師丸ひろ子の主演で撮った「翔んだカップル」(80年)で監督デビュー。「セーラー服と機関銃」(81年)、「ションベン・ライダー」(83年)、「魚影の群れ」(83年)、「ラブホテル」(85年)、「台風クラブ」(85年)、「雪の断章 情熱」(85年)、「光る女」(87年)、「東京上空いらっしゃいませ」(90年)、「お引越し」(93年)、「夏の庭 The Friends」(94年)、「あ、春」(98年)、「風花」(01年)と13作品を残した。

 時に竹刀を手に現場入りしたりして、新人女優には厳しく向き合ったが、それは“相米流”愛のムチ。「雪の断章」の斉藤由貴、「東京上空いらっしゃいませ」の牧瀬里穂、「お引越し」の田畑智子の3人に毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞をプレゼントしている。

 夏目雅子も十朱幸代もエロっぽかった「魚影の群れ」、ヒロイン名美を演じた速水典子の長電話のシーンが秀逸だった「ラブホテル」、そして佐藤浩市、斉藤由貴らが軽妙な味を出した「あ、春」…この3作が個人的に好きだが、存命であればまだ73歳。朴葉(ほうば)みそを肴(さかな)に日本酒をうまそうに呑(の)んでいた姿が目に焼き付いている。道産子の記者とローカル話で盛り上がったのが懐かしい。早すぎる死がいまもって残念でならない。

 相米監督の死から2日後に起こったのが、米中枢同時テロだった。ハイジャックされた旅客機がニューヨークの国際貿易センタービルに突っ込んでいくニュースの生映像には声も出なかった。

 「きのう何を食べたか」を思い出せないこともままある最近だが、昔のことはやけに鮮明に覚えている。これも年のせいか…(汗)。21世紀の幕開け、2001年の9月はショッキングな出来事が続き、心が疲へいした。

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