粋さ、しゃれっけ、凄みで父超えた吉右衛門さん
2021年12月02日 05:30
芸能
その初代吉右衛門は娘の正子さんが八代目幸四郎に嫁ぐときに、2人の男の子が生まれたらどちらかを養子に出すことを約束した。約束どおり2つ違いの男の子が生まれ、吉右衛門は播磨屋の養子となり、兄弟で高麗屋と播磨屋の大名跡を背負うことになるのだが、養子に出された吉右衛門は実の父母と暮らせぬ悲しみなどから兄を恨んだという話もある。この兄弟が事あるごとにライバル関係を揶揄(やゆ)されるのもそのへんが発端かもしれない。
吉右衛門が一般的にも人気を得たのは89年7月からフジテレビ系で放映された「鬼平犯科帳」が大きいだろう。江戸の盗賊を取り締まる長谷川平蔵役は2016年まで続いた。この役を父の八代目幸四郎が演じたときに国際放映に取材に行っているのだが、吉右衛門は江戸っ子の粋さ、しゃれっけ、凄みなどで池波正太郎の世界を縦横に泳ぎ切り、父親を完全に超えていたといえる。歌舞伎でもその風貌、貫禄、落ち着き、芸の大きさ。いずれを見ても群を抜いていた。見事な逆転の人生劇であった。(スポニチ本紙OB、演劇評論家)