口コミの力を再認識させてくれた愛すべき映画
2021年12月02日 11:10
芸能
さほど入っていなくても「大ヒット上映中!」とうたって主要キャストが御礼の舞台あいさつに立つケースをずいぶん見てきた。公開前から俳優のスケジュールを押さえてあるからなのだろうが「何もそこまで見栄を張らなくてもいいのに」と思ったことは1度や2度ではない。
対して「梅切らぬバカ」は11月12日の初日からシネスイッチ銀座に約200人が列を作り、加賀らが舞台あいさつを行った2日後にもお客さんが数多く劇場に押し寄せた。
老いた母・珠子と50歳になる自閉症の息子・忠さんの日常をすくい取った作品。隣に越してきた家族との付き合い方や、近隣住民たちとの関係がリアルに描かれ、まるで現実世界での出来事をそのまま切り取ったかのような説得力がある。
息子を演じたお笑いコンビ「ドランクドラゴン」の塚地武雅(50)は森田芳光監督の「間宮兄弟」(2006年)で毎日映画コンクールのスポニチグランプリ新人賞に輝くなど演技力に定評のある人だ。今作でも難役を臭くなく演じきって存在感を示した。渡辺いっけい(59)、森口瑶子(55)、高島礼子(57)、林家正蔵(59)ら共演者の演技のさじ加減もちょうどいい。
タイトルは「桜の枝は切らない方が良く、梅の枝は手をかけた方がいい」という庭木のせん定にちなんだ格言「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」に由来し、人間教育も同じで、その人に見合う育て方があるんだよということを示唆している。
社会の偏見や不寛容といった部分もきちんと描き、あざとくお涙ちょうだいを狙ったものではないところも好感。和島監督の演出も素直だ。加賀は「自分が先に逝ってしまった後のことを母親の珠子さんはどうしても考えてしまう。安心して預けられる場所を見つけたいと思う母の気持ち。何よりもこの子が愛されて欲しいっていうのが一番の願い。それだけを念じながら演じました」と本紙の取材に答えている。
構図は違っても、親の介護に勤しむ人たちの思いともどこか通じるところがあるように感じた。見る人の立場によってそれぞれ「そうだよなあ。この気持ち、わかるよ」と共感したり、身につまされたりする場面が続く。見終わった後に誰かと無性に話したくなる1本でもある。
珠子さんは弱い人ではない。息子の面倒を見ながら自宅で営む占い業のエピソードはユーモラス。こういう役をやらせたら加賀はうまい。肩ひじ張らない自然体の演技が素晴らしい。中平康監督の「月曜日のユカ」、篠田正浩監督(90)の「乾いた花」(ともに1964年)、小栗康平監督(76)の「泥の河」、鈴木清順監督の「陽炎座」(ともに81年)、和田誠監督の「麻雀放浪記」(84年)など日本映画史に確かな足跡を残してきた大女優。新たな代表作の誕生だ。
公開前に新聞、テレビ、雑誌と宣伝活動にもフル活動。奔放な言動と小悪魔のような魅力が健在なのがファンにはなによりだ。新型コロナの感染拡大で大好きな麻雀は控えていたそうだ。ちょっびり残念そうな顔はやっぱりキュートだった。