NHKドラマ「恋せぬふたり」 新機軸の「ラブではないコメディー」の魅力
2022年01月07日 08:30
芸能
描かれるのは「アロマンティック・アセクシュアル」。アロマンティックとは、恋愛的指向の一つで、他者に恋愛感情を抱かないこと。アセクシュアルとは、性的指向の一つで、他者に性的にひかれないこと。どちらの面でも他者にひかれない人を、アロマンティック・アセクシュアルと呼ぶという。
なぜ、このドラマは制作されるのか。企画・演出の押田友太氏は「理由は二つあって、一つは、以前に地方局で高校生が主人公のドラマを作った時に感じたこと。恋愛要素を入れるかどうかという話し合いがあって、結局、入れたのだが、なんとなく違和感があった。もう一つは、ある取材の中でアロマンティック・アセクシュアルの当事者の方と出会ったこと。その方から『日本のドラマは恋愛を描かないといけないのか?』と言われた。いつか、恋愛のないドラマを作ってみたいと思っていた」と説明する。
岸井ゆきのが演じる「兒玉咲子」は、スーパーの本社営業戦略課で働く女性。後輩の面倒見が良く、周囲から慕われる性格だが、恋愛を前提としたコミュニケーションになじめずに暮らしている。一方、高橋一生が演じる「高橋羽」はスーパーの青果部門で働く男性。半年前に祖母を亡くしてから1人残された家に住んでおり、アロマンティック・アセクシュアルを自認している。2人はある日、スーパーで初対面。通常は、そこから恋愛模様を主軸とした濃密な物語が展開するところだが、2人は一定の距離を保ち続けることになる。
押田氏は「2人はドライに見える。ドラマを作っていて、人と人が接触するということはこんなにも気を使うことなんだ!?と思った。恋愛ドラマではよく相手につきまとったり抱きついたりするが、それらは非現実的なのではないか?われわれが作っているドラマの方が現実的なのではないか?と思うようになった。恋愛が楽しい人もいるが、そうじゃない人もいる。アロマンティック・アセクシュアルという言葉を知ること、そういう人たちがいるということを知ることが大事」と話す。
制作統括の尾崎裕和氏は「自分たちが当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなないことに気づかされた。このドラマを通じて共感が広がれば良いと思う」と語る。
加齢の影響で恋愛をしないこととは、もちろん、違う話だ。しかし、恋愛なしでも楽しく暮らせるという部分は共通するところかもしれない。百聞は一見にしかず。新たな価値観が心に育つ視聴体験になるはずだ。
◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。