直木賞作家・今村翔吾さん 冬季五輪こそ涙の歴史「死力を尽くしたときに奇跡のような一幕が起きる」
2022年02月04日 05:30
芸能
94年リレハンメル五輪で失敗した悪夢を振り払うように原田雅彦選手が最長不倒の大ジャンプ。僕も直木賞を獲って泣いたけど、原田選手の男泣きにはそれまでの葛藤や苦悩の歴史を感じました。ああやって泣ける大人は格好良い。
冬のスポーツは階級制がなく、道具を使う競技が多いところに面白さを感じます。時代劇でも小柄な武士が剣の鍛錬を重ねて、金棒を持った大男を倒すというのは格好良いでしょ。冬の五輪には屈強な海外選手に「日本人は技で対抗しているんだ」っていう自信があふれている気がするんです。
選手では、感情を表に出すタイプが好きなので、魅力を感じるのは羽生結弦選手。歴史に挑むという意味では、史上初の4回転半ジャンプ、フィギュアスケートでは94年ぶりの五輪3連覇を目指しています。突出したヒーローが決して立ち止まろうとせず、どこまで高い壁を打ち破っていくのか。羽生さんの挑戦はそういうものだと思うんです。
僕はダンス講師を辞めて30歳で小説家になりました。周りに「99%無理」と思われながら挑み続けてきたから、挑んでる人への尊敬の念は人より強いかもしれません。だから「何事も挑むことは格好良い」って思われる風潮にこれからなっていくことを願います。
今度、集英社の外壁に僕の11メートルの特大パネルが設置されるんですが、実は羽生さんに続いて2人目とか。勝手に親近感を抱いています(笑い)。
僕は思うんです。ハートがスキルを凌駕(りょうが)する瞬間があると。直木賞を獲った「塞王の楯」で「本当に死力を尽くしたときに奇跡のような一幕が起きる」と書きました。羽生さんが北京五輪の氷上でそれを起こすと感じているんです。カーリングでも「思いの乗った一投」という実況をよく耳にします。思いは岩をも通す。五輪ではそれが起こるんだと思うんです。
ただ、思いが強すぎてもスキルがないとダメ。ハートとスキルの両輪が回り続けて、最後の最後に気持ちで表現できる技があった時、人々の胸を打つと思うんです。それが感動になる。浅田真央ちゃんもそうでした。ソチ五輪のショートプログラムでつまずいて、金メダルが絶望的な状況となったフリーで人生最高とも言える圧巻の演技を見せました。あの時も泣けました。
今日の開会式は当代随一の人たちがやるわけだから、純粋に楽しみな思いが強い。中国という歴史ある国。文化において日本の源流にあるのは間違いありません。その国がどういう演出をするのか興味は尽きません。08年の北京五輪に比べてかなり簡素化されるようですが、逆に凝縮されるとも言える。個人的には三国志や兵馬俑(へいばよう)のようなコテコテの演出も見てみたい。
新型コロナウイルス禍で世の中が暗くなってるからこそ、我々は感動することが大事だと思うんです。明日から五輪も博物館も映画も音楽もない。とにかく食事だけは配給されるという世界で人間は暮らしていけるでしょうか。
人間はただ、飯を食って寝てるだけでは生きていけません。文化がなくなるということは、人間が人間をやめることなんじゃないでしょうか。どの国の歴史を振り返ってみても、災害があった時に即座に祭りをして、心の復興に尽くしてきた。生活やインフラの立て直しと同じぐらい文化は大切で、今回のオリンピックも新しい明日への一歩になると信じています。(談)
《石原慎太郎さん追悼「偉大な先輩だった」》1日に他界した作家の石原慎太郎さん(享年89)について、今村さんは「偉大な先輩だった」と悼んだ。直木賞と同時に発表される芥川賞を石原さんが「太陽の季節」で受賞。「太陽族」という流行語を生み出し、同賞は新人作家の登竜門として知られることになった。今村さんは「訃報を聞いた時はショックだった。僕は小説家だからかもしれないが、(石原さんの代表作)太陽の季節が頭をよぎった」と語った。
◇今村 翔吾(いまむら・しょうご)1984年(昭59)6月18日生まれ、京都府出身の37歳。関西大卒。ダンスインストラクターなどを経て、2017年「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」で作家デビュー。2022年「塞王の楯」で第166回直木賞受賞。TBS「Nスタ」でコメンテーターを務める。大阪府箕面市の廃業危機の書店を引き継ぎ経営も。