宝田明さん死去 87歳 二枚目スターとして活躍 10日に映画舞台あいさつに出席したばかり
2022年03月18日 05:00
芸能
1953年、都立豊島高校卒業後に東宝演技研究所に入所し、翌54年に東宝と契約した。同年「ゴジラ」の主演を務め、一躍看板スターに躍り出た。60年代以降は活動の軸を舞台に移し「マイ・フェア・レディ」への出演などで、ミュージカルスターとしての地位を不動のものにした。
私生活では日本人初のミス・ユニバースの栄冠に輝いた児島明子(85)と66年に結婚。2男1女をもうけたが、84年に離婚した。長女の児島未散(54)は歌手や女優として活躍している。
還暦を過ぎてから狭心症に苦しみ、97年には12時間に及ぶ冠動脈バイパス手術を受けた。それでも精力的にさまざまな作品に出続け、16年には政治団体「国民怒りの声」から第24回参議院議員選挙の比例区候補として出馬宣言したことも。
波瀾(はらん)万丈な生涯を全うした宝田さん。最期まで俳優でありつづけた。
宝田 明(たからだ・あきら)1934年(昭9)4月29日生まれ。旧満州ハルビン出身。高校卒業後の1953年、東宝ニューフェイス第6期生として俳優デビュー。翌54年、映画「ゴジラ」で初主演。「モスラ対ゴジラ」(64年)などゴジラシリーズに多数出演。東宝が香港と合作した映画「香港の夜」などに主演し、アジア地域でも人気を博した。長身の二枚目俳優として「風と共に去りぬ」「マイ・フェア・レディ」などミュージカルにも多数出演。長年、ミス・ユニバース日本代表選出大会の司会を務めた。血液型O。