3代目黄門さま・佐野浅夫さん、老衰で死去 96歳 「泣き虫黄門」で人気
2022年07月05日 05:26
芸能
2008年に54年続けたNHKラジオ「お話でてこい」の朗読担当を降りて以降は事実上の引退状態だった。家族の意向で、お別れの会などは行わない。
太平洋戦争中の1944年から俳優として活動し、戦後の50年に劇団民芸の結成に参加した。映画では熊井啓監督作品の常連で「帝銀事件・死刑囚」(64年)などに出演。68年スタートのTBSドラマ「肝っ玉かあさん」で頑固なそば店の職人を演じ、評価が高まった。
脇役を極めていたが、芸歴50年だった93年、67歳で自身初の主役「水戸黄門」に抜てきされ、00年まで水戸光圀を演じた。豪放磊落(らいらく)な初代の故東野英治郎さん、上品な2代目の故西村晃さんとは違う庶民的で優しい「泣き虫黄門」として親しまれた。
役を掘り下げて研究する真面目な性格。そば店の職人を演じるに当たっては、そばの打ち方を習った。「水戸黄門」では台本から黄門のセリフを抜き出して書き写し、書くことでセリフを完全に暗記。「水戸黄門」を見てくれている世代に感謝を伝えようと、各地の老人ホームも訪問。54年にスタートした「お話でてこい」では半世紀以上、幼児に童話などを語り聞かせた。
プライベートでは98年に先妻の英子夫人に先立たれ、00年に育子夫人と再婚。育子夫人の実家がある京都に移住した。公の場に出なくなった後も3年ほど前までは「水戸黄門」の撮影が行われていた東映京都撮影所を訪れ、関係者と談笑していた。突然の訃報に日本中に悲しみが広がった。
佐野 浅夫(さの・あさお)本名浅雄=あさお。1925年(大14)8月13日生まれ、神奈川県出身。1944年に劇団苦楽座に入団。45年公開の「後に続くを信ず」で映画デビュー。映画「きけ、わだつみの声」(50年)、TBS「おやじ山脈」(72年)などで脇役として活躍。NHKラジオ「お話でてこい」では4000回を超える朗読をこなした。96年、勲四等瑞宝章を受章。