水野真紀 48歳で大学生に 幼稚園教諭一種免許取得きっかけは大物作詞家の言葉「手がかりを」
2022年07月27日 13:13
芸能
黒柳が「授業の合間の昼休みは図書館で突っ伏して寝て、帰宅したらうちの仕事をするというような」などと明かすと、水野はテスト前にはセリフを覚える要領で朝息子の弁当を作るなどの家事をしながら教科書を覚えたこともあったとし、「おかげさまで単位を無事取得しました」と笑顔を見せた。
大学生になったのは、幼稚園教諭の免許を取得するためだったのかと聞かれると、「最初は幼稚園教諭免許を取ろうとは思っていなかったんです。それが目的で入ったわけではなかったんですね」と回顧。「ちょうど43、4の頃だと思います。日本人の女性の平均寿命を考えた時に折り返し地点に来たなと思ったんです」とし、人生の後半戦を自分はどう生きていこうかと思った時に、以前、作詞家の阿木燿子氏に言われた言葉を思い出したという。
その言葉とは「自分の名前が随分世に出て、凄く皆さんに良くしていただくことが増えて戸惑いがある、こういうものはどうしたらものでしょうか」との質問に対する阿木氏の答えで、「それは若い方に還元していけばいいの」というもの。「やはり少しこう世の中にとか、人様に、何かお返しできることができたらいいなという思いと、その手がかりを探しに受験しようと思いました」と決意を明かした。
幼稚園教諭の免許取得を考えるようになったのは「ちょうど同い年の女性が入って来て、彼女がその免許を取りに来たとおっしゃったんです」との出会いがあったためだという。「免許があると、依頼する側が安心感を持ってくるんじゃないかなと思いまして、迷っていたら教授がポンと背中を押して下さったということもあり、免許取得のための学びに入っていきました」と回顧した。