早見あかり 「ももいろクローバー」での下積み時代を告白「スーパー銭湯で足腰痛くなりながら…」
2022年09月18日 16:40
芸能
「池袋で、すっごい男性に追いかけ続けられて」と母と妹と買い物に行った際、わざと何軒もの店に入るなどして振り払おうとしたが振り切れず、「そしたら、スターダスト(プロモーション)のマネジャーさんだったんですけど」と早見。母親は有名タレントの名前などが書かれた名刺を見て驚きながらも「これは詐欺かもしれない」と言い始めたという。「でも私が表舞台に立つことへの憧れが強くて」。小学1年の際にもスカウトされたが父に止められた経験があったと言うが、「小学6年になって、“やりたい”って言うのを母に言ったら、父には内緒でやっちゃえという感じになって」と説明した。
そこからカメラテストもあったというが、「プロのメークさんとカメラマンさんに写真を撮ってもらえるから、落ちても一生の思い出になるしって受けて、受かって」と芸能界へ。「そこからももクロに入り、2年半で辞め」と2008年11月にももいろクローバーとして活動をスタートし、2010年にメジャーデビューするも翌年、16歳の時にグループを脱退したとした。澤部が「女優さんとか、そっちのお仕事やりたいってなってってことでしょう」と話すと、早見は「はい」と明言した。
澤部が「ももクロ時代とか、めちゃくちゃ大変だったでしょ」と気遣うと、早見は「めちゃくちゃ大変でしたね」と回顧。「普通の8人乗りのワゴン車でマネジャーさん2人乗って、後ろ6人乗って、足元に衣装置いて、それで九州まで行ったりとかしてて。さあ、その場に着いて、その土地のスーパー銭湯で足腰が痛くなりながらお風呂入って、踊るみたいな。ステージが四角いだけで、“サイコー!”みたいな。三角形の所で踊ったり。そもそもフォーメーションを四角前提で作ってるのに、三角形でどうやって踊るんだっていう、そういうこととかもあったりとか」と笑ってみせた。
また「夜に、外でのライブで、ライトを用意してなくて何も見えないから、やばいってなって、その乗ってたワゴン車で。ファンの人が後ろからワゴン車で照らしてとか。本当に私がいた時は手作りみたいな。みんなでやるみたいな感じでした」としみじみと話した。