出川哲朗のいとこ 33歳でメイクアップアーティスト転身のきっかけ「祖母からの影響はすごく大きい」

2022年10月23日 13:24

芸能

出川哲朗のいとこ 33歳でメイクアップアーティスト転身のきっかけ「祖母からの影響はすごく大きい」
MOTOKO公式インスタグラム(@makeupbymotoko)から
 2年連続エミー賞を受賞し、メイクアップアーティストのMOTOKO氏が22日放送の日本テレビ「マツコ会議」(土曜後11・00)にゲスト出演。ハリウッドでメイクアップアーティストを目指すことになったきっかけを話した。
 MOTOKO氏は日本の銀行勤務から結婚を機に米国へ移住。その後、離婚することになるも、日本には帰国せずに昔から興味があったメイクの道へ。メイクアップスクールに通い、5年後にマライアキャリーのプライベートメイクを担当するまでに。その後、アン・ハサウェイやチャン・ツィイーなどの数々のハリウッドスターのメイクを手がけている。MOTOKO氏はお笑いタレントの出川哲朗のいとこで、幼少期をともに過ごしてきたという。

 “元銀行員”という経歴とかけ離れたイメージに驚きの声が上がる中、MOTOKO氏は(米国に渡ってからは)「ワイルドな時期はありました」とニヤリ。それでも「銀行員時代にすでに同僚たちにメイクするのが大好きで、しょっちゅう“キレイにさせて”“メイクやらせて”ってやってた」という。それでも「日本ではアトピーで手がガサガサだったので、メイクとかヘアをすることは絶対に考えられなかった」そうで「最初の主人と出会ってアメリカに渡ったんですが、アメリカに移って、ドライな気候が完全に私の体に合っていて、アトピーが完全になくなって。でも、自分はメイク全然しなかったんです」とした。ただ「人をきれいにして、人がかわいくなったり、素敵になる。ビフォーアフターが大好きで、アメリカに渡ってからも日系の銀行で務め始めたんですけど、一貫して友だちにメイクはしてたんです。本当に好きで好きでしょうがなくて、人のメイクはどんどんエスカレートしていきましたね」と振り返った。

 それがどうしてプロの仕事としてやるようになったのか。33歳からメイクの仕事を始めたそうで、「同僚のボーイフレンドがプロのモデルさんをメイクする機会をくれたんです。チャンスを与えてくれたんです。その時に、私のメイクの道具って母が作ってくれた千代紙で貼られたただのBOXで、その中にブラシとかメイクの道具が全部入っていて、それを見たモデルが“信じられない。あなたはプロのメイクアップアーティストじゃない。すぐ帰って!”ってメイクをさせてもらえなかったんです。それで、メイクの学校に行って、基本的なものきちんと学んでみようと思って」とそのきっかけを説明。「学校に行ってみたら“これ私の仕事じゃん!大好きじゃない!”って(なった)」とした。

 そもそも、MOTOKO氏がメイクをするようになったのには、出川の実家である海苔屋「蔦金商店」を切り盛りしていた祖母・出川フミ子さんの存在は大きかったそうで、出川によると「毎日、用事がなくても着物を着ている、身だしなみがきちっとされている方」だったといい、MOTOKO氏も「メイクも祖母からの影響はすごく大きいです」と明かした。
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