源公、寅さんの元へ…佐藤蛾次郎さん急死 コミカルな演技で人気 目立った傷などなし
2022年12月13日 04:45
芸能
佐藤さんは妻が2016年に亡くなって以降、一人暮らしだったが、頻繁に家族が訪れていた。持病などは特になく、9日も亮太が顔を出していたという。関係者によると、亮太は最近「(父親の)調子が良くないと話していた」という。
佐藤さんは大阪府高石市に生まれ、9歳の時に大阪の朝日放送児童劇団に入団。61年にテレビドラマ「神州天馬(人ベンに峡の旧字体のツクリ)」で泣き虫蛾次郎役を演じたことから「蛾次郎」を芸名にした。68年、テレビドラマ「男はつらいよ」に出演。渥美清さん演じる車寅次郎の父親違いの弟役だった。69年の映画化に際し、オーディションで柴又帝釈天題経寺の寺男・源公(本名は源吉)役を射止めた。
アフロヘアに法被がトレードマーク。寅さんを「兄貴」と慕い、寅さんも「源公」と呼んで可愛がった兄弟分的な関係。「とらや」の面々からも「源ちゃん」と呼ばれて親しまれた。寅さんの旅に随行しながらかばん持ちをしたり、時には散々な目に遭わされることもあったが、2人のテンポの良いやりとりはシリーズの代名詞となった。撮影前に交通事故に遭い参加できなかった第8作「寅次郎恋歌」を除く19年「お帰り寅さん」までの全作品に出演し、シリーズに欠かせない存在だった。
19年、帝釈天で行われた映画「任(人ベンに峡の旧字体のツクリ)学園」のヒット祈願では「寅さんで50年来ていますが、(境内の)壇上に上がったのは初めてです」と感慨深げに話していた。
ほかにも映画「戦国自衛隊」「人間の証明」「罪の声」、ドラマ「服部半蔵 影の軍団」「柳生一族の陰謀」などの話題作に出演し、名脇役として活躍。特に時代劇ではかつらをかぶらないことも多く、コミカルな演技で人気を集めた。
◇佐藤 蛾次郎(さとう・がじろう、本名佐藤忠和=ただかず)1944年(昭19)8月9日生まれ、大阪府出身。大阪朝日放送児童劇団に入り、1954年ラジオドラマ「風の又三郎」でデビュー。出演作にドラマ「科捜研の女」「JIN―仁―」など。72年元新劇女優の和子夫人と結婚し、1男1女をもうけた。1メートル55。
◇虚血性心不全 心臓のポンプ機能が低下し、体に送り出される血液量が少なくなる状態。呼吸困難になり最悪の場合は死に至る。原因は動脈硬化。