【アニ漫研究部】王将戦の「予言書」と話題!「りゅうおうのおしごと!」に見る現実とエンタメの関係
2023年01月09日 12:56
芸能
スポニチ本紙では1月9日付けで作者の白鳥士郎氏のインタビューを掲載。同氏は「実際には2008年の竜王戦第一局初日で、当時の渡辺明竜王に挑戦者として臨んだ羽生さんが繰り出した一手を下敷きとして書きました」と明かしている。
このエピソードが世に出たのは、2017年発売の5巻。現実の対局が2008年にあったとしても、羽生が若き天才を相手に再び同じ手を打ったという新たな現実は面白い。
同作は2015年に執筆を開始。白鳥氏は「伝説の棋士は、もちろん羽生さんを意識して書いたのですが、主人公は藤井さんを意識してなかった」と当時を振り返る。当時の藤井は、天才少年として話題にはなっていたが、プロ入り前の中学1年生だった。
「りゅうおう…」は藤井登場前の“常識”を「少し上回る設定」で描き始めたという。実際、将棋界最高峰のタイトルの一つ、竜王位を持つ16歳の主人公は十分に天才の設定だった。当初は「ありえない」と叩く将棋ファンもいたほどだ。
だが「3巻と4巻が出る間くらい」の2016年10月にデビューした藤井が、見る見る“常識”を崩していく。20歳5カ月の現在までに手にしたタイトルは、全8冠のうち5冠。「そんなの書いたら“ウソくさい”と言われると思いながら執筆にブレーキを掛けていたら、小説が現実に追い抜かれるような形になっちゃって…オロオロしちゃいましたよ」と苦笑いした。
スポーツなどの競技を題材とするエンタメ創作は、現実の“常識”の「少し上」を狙うのが鉄則だ。特に近年は、読者や視聴者の目がシビアで、リアルさを欠くとネットで叩かれる。一方でリアルすぎては心が踊らない。作り手は、その落差のさじ加減が重要となる。そのため現実世界の“常識”が崩れるのは大問題。プレイヤーの凄さが描きにくく恐れもあり、オロオロするのも無理はない。
作品発表後に、現実の“常識”が追いついたことはある。サッカー漫画「キャプテン翼」は、日本がW杯本大会に出ていない1980年代にW杯優勝を目標とする主人公を描き、中学卒業後はブラジルに渡らせた。当時の常識の上を描いたが、日本はその後、W杯本大会の常連となった。カタール大会の活躍で、優勝を目標に挙げる声もちらほら出始めた。
その意味で、「りゅうおう」は執筆中に現実が創作を追い越してしまった。だが白鳥氏は、それを逆手に取って「現実に、負けるな。」などのキャッチフレーズを自ら発信。現実とエンタメ創作の世界をうまく結びつけ、セールスポイントに転換している。
「りゅうおうは、現実の凄い棋士たちの戦いをベースに作られた物語。今回のケースは、ラノベで将棋を知った人たちに、現実の将棋を身近に感じてもらうのに良い機会。私がオロオロする姿も楽しんでもらえればいい」と白鳥氏。現実の将棋の盛り上がりこそが、読者の層を広げ、作品の理解を深めてくれると期待している。“常識”の変化の中で「りゅうおう…」が、今後どのような展開をたどるのかも楽しみだ。