大泉洋 北海道で大人気も東京に進出したワケ「飽きてくるんですね」 最初は「恥ずかしかった」
2023年09月04日 11:29
芸能
「そこで演劇をやっていた、『水曜どうでしょう』に出られていた、今や私の北海道の事務所、オフィスキューの会長ですけれども、鈴井貴之という人間がいて。その人の流れでテレビに出るようになって。それで『水曜どうでしょう』がなんとなく始まった」と続けると、「私は大学時代からテレビに出始めて、あれよあれよと人気になったんですよ」と説明した。
「で、10年ぐらい北海道でバラエティーばっかりやってた。だから北海道では相当名が売れてましたもので。歩くと、全然バレてしまうようなだったんですけれども、だんだん、飽きてくるんですね」と大泉。「バラエティーかラジオしかないんですよ。仕事が。後は自分の演劇をやるだけ」と話し、「何かこう違うことをしなきゃ。ちょうどそれが30(歳)ぐらいでしたから、『水曜どうでしょう』って番組は6年間で終わっちゃうんですよ。果たして本当にこれで北海道で食べて行けるのかなみたいな不安を抱えるようになるんですね」と明かした。
事務所も同じような考えを持っていたといい、「お芝居をちゃんとやろうじゃないかということで、でもお芝居は北海道ではお仕事がないので、それで東京の仕事もしていくことになるんですよ」と告白。「それで2004年から東京のお仕事もするようになったんです。初めて映像の仕事もするようになったんです」と振り返った。
当時は「30超えていきなりなんにも知らないおじさんが東京出て来て役者のお仕事始めたようなもんですからね。だから恥ずかしかったです。なんにも知らないおじさんっていうのが。30超えて右も左も分かんないでいきなりドラマとかに出て行く感じでしたから」と笑ってみせた。