傑作誕生「らんまん」作劇の裏側 脚本・長田育恵氏が語る師匠の教え「一生に一度の言葉」闘病の母への思い

2023年09月30日 08:15

芸能

傑作誕生「らんまん」作劇の裏側 脚本・長田育恵氏が語る師匠の教え「一生に一度の言葉」闘病の母への思い
連続テレビ小説「らんまん」は最終回(第130話)を迎え、完結。万太郎役・神木隆之介と寿恵子役・浜辺美波が朝ドラ史に残る夫婦像を創り上げた(C)NHK Photo By 提供写真
 【NHK連続テレビ小説「らんまん」脚本・長田育恵氏インタビュー 】 俳優の神木隆之介(30)が主演を務め、女優の浜辺美波(23)と夫婦役を体現したNHK連続テレビ小説「らんまん」(月~土曜前8・00、土曜は1週間振り返り)は29日、最終回(第130回)を迎え、完結した。朝ドラ3作ぶりの視聴率19%超えをマークするなど、ドラマの人気を支えたのは「朝ドラ屈指の傑作」の呼び声も高い劇作家・長田育恵氏(46)の脚本。朝ドラ史に残る名作は、いかにして生まれたのか。見る者を惹きつけてやまない長田脚本の魅力や作劇の舞台裏に迫った。
 <※以下、ネタバレ有>

 朝ドラ通算108作目。「日本植物学の父」と称される牧野富太郎をモデルに、江戸末期から昭和の激動の時代を生き抜き、明るく草花と向き合い続けた主人公・槙野万太郎の人生を描いた。

 長田氏は2018年に「海越えの花たち」「砂塵のニケ」「豊饒の海」の戯曲で第53回紀伊国屋演劇賞個人賞に輝くなど、偉人や文化人の歩みを独自の切り口で創作した物語に定評がある。テレビドラマはNHK「流行感冒」「群青領域」「旅屋おかえり」などを手掛け、今回、朝ドラ脚本に初挑戦した。

 神木が愛すべき植物オタク・万太郎役を体現。浜辺も万太郎と図鑑作りという大冒険を繰り広げる文学オタクにして資金面も支える軍師・寿恵子役を好演し、大人気。朝ドラ史に残る夫婦像を創り上げた。

 丁寧に積み上げた人物描写や美しい台詞の数々、牧野博士の名言「雑草いう草はないき」の通り、光り輝く脇役たちと週タイトルの植物が絡み合う巧みなストーリー展開が視聴者を魅了。キャストの熱演、画面に映り込む花々など細部に行き届く品のある演出、感情を揺さぶる作曲家・阿部海太郎氏の劇伴も相まって、派手さはなくとも支持を集めた。第115話(9月8日)は平均世帯視聴率19・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と番組最高を更新。21年度後期「カムカムエヴリバディ」以来3作ぶりの朝ドラ19%超えを記録した。

 長田氏は07年、日本劇作家協会・戯曲セミナーに参加。翌08年から小説家・劇作家・放送作家の井上ひさし氏に師事した。演劇ファンにはおなじみだが、井上氏は「頭痛肩こり樋口一葉」「ムサシ」(宮本武蔵)「組曲虐殺」(小林多喜二)など数々の名作を生んだ評伝劇の名人。長田氏にイズムが受け継がれたのも頷ける。

 “分家ズ”の伸治(坂口涼太郎)が酒蔵「峰屋」を畳む竹雄(志尊淳)と綾(佐久間由衣)を「達者でのう」と労い、見る者の涙を誘った第90回(8月4日)のオンエア後。長田氏は「井上ひさし先生が教えてくださったことの一つに『人が一生に一度だけ口にする“本当の意味が宿る言葉”を書く』というのがあって。今日の『達者で…』という言葉には、まさにそんな願いと祈りが息づいていました。俳優陣・制作陣の皆様、いつも脚本に命を宿してくださり、本当にありがとうございます」と自身のSNSに投稿した。

 人が一生に一度だけ口にする「本当の意味が宿る言葉」――。万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)の場合は、どの台詞だったのか。

 長田氏は「すぐには断言できないんですけど、やっぱり結婚の時の誓約は大きかったんじゃないでしょうか」と述懐。高藤(伊礼彼方)を振り、舞踏練習会の発足式を抜け出した寿恵子がドレス姿のまま十徳長屋に駆けつけ、丈之助(山脇辰哉)との文学論を交えながら、万太郎と異色の“プロポーズ合戦”を繰り広げた第56回(6月19日)。寿恵子は「私、あなたが好きなんです。だから私、性根を据えなきゃ!あなたと一緒に、大冒険を始めるんだから」「その代わり、約束して。図鑑、必ず完成させてください!」「その図鑑は、100年経っても色褪せない!必ず、やり遂げてください」。万太郎は「はい!一生かけて、必ず、やり遂げてみせます!あなたと、あなたと作り上げる!」と寿恵子を抱き締めた。

 「2人にとっては絶対に叶える願いとして、図鑑完成という盟約が結ばれました。決して口約束なんかじゃない。一生に一度の願い事に、全人生を懸けて応える。たぶん視聴者の皆さんが感じる以上に、2人はずっとずっと重みのある言葉を交わしたんだと思います」

 長田氏にとっては、念願の朝ドラ脚本執筆だった。母が長く闘病生活を送ったこともあり、朝ドラが入院中の人たちにも大きな活力になることを身をもって知っていたからだ。

 「闘病中の母の姿を間近で見てきて、病弱だった万太郎と同じように、私も『生死は隣り合わせにある』という価値観を持つようになりました。(22年2月2日に)『らんまん』の制作が発表されてから数日後に、母は亡くなったんですけど、もう身体が動けなくなっている中で、次の朝ドラが『らんまん』というニュースがテレビで流れた時、指をさしてくれたみたいで。母も凄く楽しみにしてくれていたので、きっと今は安心してくれていると思います。日々の人の営みが愛おしいと思えるのも、すべての登場人物を大事に描けるのも、母の姿に教えられました。無事に書き上げることができましたと、今は感謝の気持ちを伝えたいです」
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