財津一郎さん死去 89歳 「キビシ~イ!」名ゼリフの数々 「タケモトピアノ」CMでも人気
2023年10月19日 14:01
芸能
コロナ禍の中、20年2月に60年連れ添った糟糠の妻、ミドリさん(享年89)に先立たれたことを週刊現代のインタビューで明かしたが、その喪失感が消えないまま財津さんも永遠の眠りについた。
熊本県立済々黌高校時代に音楽や演劇に親しみ、バリトンを生かして「のど自慢荒らし」の異名を取った。1953年に上京し、早稲田大学文学部演劇科を受験したが失敗。モグリ聴講生となって学ぶとともに、同年秋、帝劇ミュージカルの研究生に採用され、同年12月に森繁久彌主演の「赤い絨氈」で初舞台を踏んだ。
55年2月に帝劇ミュージカルが解散すると本格的に俳優修業をするため榎本健一主宰の映画演劇研究所に入所。ここを経て、59年に新宿文化演芸場で旗揚げした石井均一座に入門。二枚目として舞台に立ち、新宿の第三ムーラン・ルージュなどのステージでも活躍した。この当時は財津肇メを名乗っていた。
62年に吉本興業に入り、64年に吉本新喜劇に参加。芸名を財津一郎に改めた。66年に藤田まこと主演の大阪朝日放送「てなもんや三度笠」に怪しい浪人、蛇口一角(へびぐち・いっかく)役で準レギュラーとして出演。「キビシーイ!」「~してチョーダイ」「ひじょーに、サミシーイ!」などのオーバーなセリフ回しが人気を呼び、流行語にもなった。
69年に吉本興業を退社して、東京に活動の拠点を移した。フランキー堺とのコンビで出演した映画「喜劇・あゝ軍歌」(70年)「喜劇・命のお値段」(71年)で喜劇俳優の本領を発揮。松林宗恵監督「連合艦隊」や岡本喜八監督「近頃なぜかチャールストン」、相米慎二監督「ションベンライダー」、伊丹十三監督「お葬式」などで存在感を示し、栗山富夫監督メガホンの主演作「祝辞」では万年課長の悲哀を見事に演じて評判を呼んだ。
英語教師役をボケ味を生かして好演した「3年B組金八先生」がドラマの代表作。舞台では恋の修羅場にはまりこんでいく中年男を熱演した蜷川幸雄演出の「にごりえ」(84年)が印象に残る。
95年6月19日、自動車を運転中に脳内出血を発症。開頭手術を受け、左半身に軽い麻痺が残ったが、懸命なリハビリで回復。96年のNHK大河ドラマ「秀吉」で、竹中直人(66)演じる豊臣秀吉の養父役を演じた。10年11月公開の映画「ふたたび swing me again」が最後の出演作となった。
CMキャラクターとしても人気で、スタミナ食品(現エスフーズ)の「こてっちゃん」、NEC「バザールでござーる」、1997年から同じ内容が放送されている「タケモトピアノ」が代表格だ。
愛川欽也、坂上二郎、長門裕之、大橋巨泉らと「昭和九年会」を結成していたが、大半の仲間が先立っている。15年に熊本日日新聞に「私を語る」を連載し、1冊にまとめた著書「聞いてチョウダイ 根アカ人生」が同年9月に出版された。