「どうする家康」古沢良太氏 執筆2年の裏側“どうする古沢”春先に大河の重圧も…完全燃焼「脚本家冥利」

2023年12月02日 13:50

芸能

「どうする家康」古沢良太氏 執筆2年の裏側“どうする古沢”春先に大河の重圧も…完全燃焼「脚本家冥利」
「どうする家康」で大河ドラマの脚本に初挑戦、約2年の執筆を振り返った古沢良太氏。残り3回、主人公・徳川家康はどうなる? Photo By 提供写真
 【「どうする家康」脚本・古沢良太氏インタビュー(1) 】 嵐の松本潤(40)が主演を務めるNHK大河ドラマ「どうする家康」(日曜後8・00)も、いよいよ残り3回。3日放送の第46回から徳川VS豊臣の最終決戦「大坂の陣」(慶長19年、1614年~慶長20年、1615年)が描かれる。大河初挑戦となった脚本家・古沢良太氏(50)が約2年にわたった執筆を振り返り、作劇の舞台裏を明かした。
 <※以下、ネタバレ有>

 「リーガル・ハイ」「コンフィデンスマンJP」シリーズなどの古沢氏がオリジナル脚本を手掛ける大河ドラマ62作目。弱小国・三河の主は、いかにして戦国の世を生き抜き、天下統一を成し遂げたのか。江戸幕府初代将軍を単独主役にした大河は1983年「徳川家康」以来、実に40年ぶり。令和版にアップデートした新たな家康像を描く。

 11月上旬に行われたインタビュー。脱稿の心境を問われると、古沢氏は「やっとゆっくりできるようになって、少しずつ人間らしい生活を取り戻しつつ(笑)、まだ心のどこかで(脚本の)直しのオーダーに備えている自分がいます。書き終えた実感はそこまでありません」と率直に語った。

 「まず、こんなにも長いドラマを書かせていただける機会はめったにないので、脚本家冥利に尽きます。民放の連続ドラマだと10話前後で、この辺を掘ったら面白くなる、とスピンオフ的な話をたくさん思いついても、盛り込めずに終わってしまいますが、今回はこれまで以上にイメージを膨らませて、存分に書くことができました。1人の人間の人生を48話もかけて描けるというのは、脚本家にとっては本当にありがたい場だと思います」

 想像力(創造力)の一例は、「金ヶ崎の退き口」の伝承“小豆袋”を阿月(伊東蒼)として擬人化した第14回「金ヶ崎でどうする!」(4月16日)。お市の方が袋の両端を縛った小豆を兄・織田信長に送り“浅井・朝倉による挟み撃ち”“袋の鼠”のピンチを伝えたというエピソードだが「後世の創作と言われていて、当時の僕みたいな人が考えたんでしょうから、現代の僕がもっと後世の創作、新しい逸話を作っていいんじゃないかな、と思って。歴史の裏側に想像力を膨らませて書いている時は、非常に楽しかったですね」と述懐した。

 充実感の一方、物理的にはハードだった。作品タイトルにちなみ「どうする古沢」といった瞬間や時期は?の質問に「最大限、最新の学説・研究や時代考証の先生たち(小和田哲男氏・平山優氏・柴裕之氏)のアドバイスを採り入れることをモットーに掲げたんですけど、家康に関する史料はたくさん残っている上に、この数年で新しい発見があったり、研究が進んだりして、その勉強が予想以上に大変でした。春先は精神的にもきつくなって。放送も始まって、撮影が追いついてくるし、とにかく時間に追われる毎日でした。本能寺の変の後も、伊賀越え、小牧・長久手の戦い、石川数正の出奔とヤマ場の連続だったので」と大河脚本の重圧も吐露。「ただ、かなり苦労した分、やり甲斐はありました」と打ち明けた。

 少年時代は漫画家志望。脚本執筆の際、映像をイメージしてスケッチブックに絵を描く。

 「今回は時間がなかったので、これまでに比べると少しだけですけど。脚本に影響?単なる逃避じゃないですかね(笑)。絵を描く暇があったら、文字を書けって話です(笑)」としながらも、スマートフォンに保存された中から「大坂城の茶々」を披露してくれた。11月19日には、自身のSNSに「本多忠勝(平八郎)と榊原康政(小平太)」の絵を公開した。

 脱稿までのラスト1カ月、NHK局内の会議室にこもった。

 「絵は会議室のホワイトボードに描いたりしていました。広くて使いやすい部屋で、すぐに人にも相談できますしね。決してNHKさんに缶詰めにされたわけじゃなく(笑)、自主的にそうしたんです。僕は歩きながら考えるタイプなんですけど、歩き回れる広さがあって。自分にはホテルより合っていたので、もっと早くから使わせていただいていればよかったと思います(笑)」

 織田信長と濃姫(帰蝶)を描いた映画「レジェンド&バタフライ」が今年1月に公開されたが、時代劇の連ドラは今回が初挑戦。2021年5月から約半年、複数回に分けてスタッフとシナリオハンティング(脚本作りのための取材)。伊賀越えのルートも辿るなど、徳川家康ゆかりの地ほぼ全部を訪ねた。先に全48話のプロットを作り上げ、脚本執筆に取り掛かった。

 「そう簡単に最初の構成通りにいくとは思っていなかったんですが、その割に、最終的には帳尻が合った感じです。もちろん、ああすればといった悔いもありますけど、自分としては本当に学びが多かった仕事。たぶん、大河で学んだことは大河でしか返せない、大河でしか表現できないと思うので、もし、いつかもう一度チャンスを頂けたら、もっともっと上手に書ける。そういう気持ちだけは持っています。もっとも、作品は一期一会。『どうする家康』は今の僕にしか書けなかったと思うので、力は出し切りましたし、その点での悔いはありません」

 =インタビュー(2)に続く=
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