金子達仁氏 PK論争にぎわす「若い」新規ファン 伝説として語り継がれるW杯に熱中
2022年12月11日 05:05
サッカー
「PK」という単語を「人生」に置き換えてみればいい。
人生は運である、と口にする人は、実力が関与する余地を否定しているのだろうか。人生は実力である、と口にする人は、運の介在を認めないのだろうか。
わたしは、PKは運だと思うが、実力の方が理由として上位に来る、という人の意見もわかる。所詮(しょせん)は人生論と同じようなもの。自分の考えと違うからといって、それを頭ごなしに否定しようとする人のあまりの多さには少し驚くし、いささか不毛だよな、とも思う。
ただ、微笑ましい気持ちの方が少し勝る。
W杯で日本がPK戦にもつれこんだことなら過去にもあった。優勝候補がPK戦で消えるのも今大会が初めてのことではない。だが、こんなにもPK戦にまつわる論争が熱を帯びたことは、かつてなかった。これは一体どういうことなのか。
新規のファンが大量に流れ込んできたからではないか。だとしたら、嬉(うれ)しい。つい頬が緩んでしまう。
昔からのファンであれば、PKは運なのか実力なのか、白黒つけようとは思わないこともない。どこぞの誰かがPKは運だと言っている?あ、そう。それで終わり。だが、今大会が初めて観戦するW杯だという人からすると、意見の違いが許しがたいのだろう。肯定的な意味だと前置きした上で言わせてもらうと、「若い」。
そして、ちょっぴり羨(うらや)ましい。
ブラジル対クロアチア。衝撃だった。ブラジルが負けること自体が驚きなのに、美しい崩しからのネイマール、というこれ以上ない劇的な形で先制しながら、終了直前に追いつかれてのPK負け。36年前、ジーコたちがプラティニ率いるフランスに喫したPK負けでさえ、今回の衝撃に比べれば軽微に感じられるほどだ。悲しみのあまり、カトリック教徒にとって最悪のタブーを犯すブラジル人が現れないことを、本気で祈る。
オランダ対アルゼンチン。これもとんでもない展開だった。メッシが2点目となるPKを決めた時点では、オランダの不甲斐(ふがい)なさと時々映し出されたVIP席の“エル・マタドール(闘牛士)”ことマリオ・ケンペスの変わりようぐらいしか印象に残らない試合だったが、ごくごく短い時間だけ、オランダが豹変(ひょうへん)した。
ドイツになった。
オランダが美しいサッカーで記憶されたことなら、過去にもある。魂ではなく芸術性で世界を魅了する国。そんな彼らが、史上初めて、“ゲルマン魂”のようなサッカーをやった。やって、追いつき、延長ではポストに助けられ……なのに、散った。
こんなオランダを、W杯を、わたしは見たことがない。
まだ大会は準決勝と決勝が残っている。最後の試合の印象が、大会自体の印象を決定づけることもある。ただ、個人的にはもう断言してもいいのでは、という気がしている。
いま行われているのは、史上最高の、伝説として語り継がれるW杯である、と。
そんな大会が、人生初のW杯体験?羨ましくないわけがないではないか!(スポーツライター)
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