64年東京五輪フェンシング・大和田智子さん 東日本大震災の悲しみ乗り越え「心を復興する五輪に」
2019年12月24日 10:30
五輪
当時同高はインターハイ団体優勝の強豪で、部を創設した佐藤美代子監督と全日本王者・千葉卓朗コーチの指導は厳しかった。中でも中腰のまま40分以上続けられるフットワーク練習はまさに「地獄」と呼ぶにふさわしかった。
「1人でも腰を上げると全体責任でまた最初からやり直し。だから必死に頑張っていると、そのうちドーンと音がして誰かが気絶する。それでも腰を上げるわけにはいかないので、私は外に見える松の木の一点だけを見つめて、倒れないように我慢しました」
高1の11月には母・晴子さんが交通事故で急死。小学生の時に父も病気で失っており、大和田さんは「三日三晩泣き続けた」という。ショックから立ち直れずフェンシングもやめようと考えたが、「こういう時だからこそやった方がいいよ」と友人に説得され、再び剣を手にした。
両親の死を乗り越え、2、3年時にはインターハイの団体優勝に貢献。卒業後も花嫁修業をしながら同高で練習を続けた。女子のフェンシングは世界との差が大きく、60年ローマ五輪は女子の派遣が認められなかった。
しかし、地元開催の東京五輪では女子参加の機運が高まり、急速に強化が進んだ。その流れの中で専大から声が掛かり、22歳で同大に入学することになった。
五輪代表争いは熾烈(しれつ)だった。62年の全日本選手権後にまず100人が選抜され、朝霞駐屯地内の自衛隊体育学校で合宿が繰り返された。ふるい落としのための予選会が5回も行われ、最後に勝ち残った4人が代表切符を手にした。その中に大和田さんもいた。
「ダメかなと諦めていたので代表に決まった時は本当にうれしかった。ここまで来たらもうまな板の上の鯉だから。本番ではそういう気持ちで戦うように心がけました」
ところがいざ本番では思わぬアクシデントに見舞われた。大会直前に発熱し、選手村内の病院に入院することになってしまったのだ。「医師からは風邪だと言われましたが、せきも出ず症状は40度の発熱だけ。今思えば見えないところで神経質だったのか、重圧があったのか…もう泣きたい気持ちでした。でもいつまでも寝ているわけにはいかないので、試合前日の朝6時に病室を抜け出して練習に行きました」
体調不十分で臨んだ1次予選は初戦で米国選手に敗れたものの、続く3人に勝って2次予選に進出。しかし、病み上がりでさらに試合を続けるのは不可能だった。2次予選は4戦全敗。不完全燃焼のまま大和田さんの五輪は終わった。
「やっぱり病気のせいで体力を消耗したんでしょうね。がくっと体力が落ちて急に体が動かなくなってしまいました。体力も技術のうちなので仕方ありません。どんなことにも対処できるような体づくりをしておかなくてはいけなかったんです。もう悔しくて、3年間ぐらいは毎日布団を叩き続けました」
五輪後もしばらくは現役を続け、コーチを経て48歳の時に母校専大の監督に就任。70歳まで22年間続けた。2011年3月の東日本大震災の時は都内にいたが、気仙沼市の実家は津波で流され、同級生も4人亡くなった。透析を受けていた恩師の千葉コーチも震災関連死で後日亡くなったと知らされた。
「実家にいた次男の家族は無事でしたが、家はなくなってしまいました。今でもあの時の映像を見ると涙が出てきます」という大和田さんは、だからこそ来年に迫った令和の東京五輪に大きな期待を寄せている。
「被災から立ち直れない人たちはまだまだ大勢います。今度の五輪はそんな人たちの気持ちに力を与える意味での復興五輪であってほしいと思います。心を復興させれば、いろいろなところでまたパワーを発揮できるようになるんです。それも五輪開催の目的の一つなんじゃないのかなと私は思っています」
≪心こもったスピーチで招致に一役≫今回の東京五輪招致にも大和田さんは一役買っている。13年2月に当時の招致委員会と東京都がトップアスリートを育成している5大学と招致活動連携協定を結んだ際、専大の代表として都庁でスピーチをした。「震災のことを話すと湿っぽくなってしまうかなと思って前回の東京五輪の思い出や、開催できれば選手たちの希望になるのではというような話をしました」。心のこもったスピーチは同年9月の招致決定の後押しとなった。
◆大和田 智子(おおわだ・ともこ)1941年(昭16)3月15日生まれ、宮城県気仙沼市出身の78歳。鼎が浦高(現気仙沼高)から専大。高2、3年とインターハイで団体連覇。個人でも2年時に3位に入った。64年全日本選手権女子フルーレ優勝。同年の東京五輪女子フルーレ個人・団体に出場したが、決勝には進めなかった。
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