ヤクルト・嶋 10年たった今も野球の底力を信じ続ける 名スピーチで背負った重圧と責任と葛藤

2021年03月12日 05:30

野球

ヤクルト・嶋 10年たった今も野球の底力を信じ続ける 名スピーチで背負った重圧と責任と葛藤
取材に応じるヤクルト・嶋 Photo By 代表撮影
 未曽有の東日本大震災で人生が変わった1人である。ヤクルト・嶋基宏捕手(36)が大震災から10年の節目を迎えた11日、埼玉・戸田球場で取材に応じ胸の内を語った。当時、楽天で選手会長を務めて被災者をはじめ、日本中に訴えかけた名スピーチも行った。だからこそ背負った思い。多くの人が抱える葛藤が、嶋にもまたあった。
 あれから10度目の春が来た。幾度となく尋ねられ、真摯(しんし)に答えてきた。誰よりも向き合い、発信してきた嶋の10年。一言では表せない思いを言葉にするのは、やはり難しい。

 「簡単に、何か一言でまとめたりとか“頑張っていきましょう”とか“前を向いていきましょう”とか、そういう簡単な言葉ではなかなか言い表すことができない」

 何度も被災地を訪れた。そのたびに知る傷の深さや、癒えない人々の心も知った。「家族を亡くしたり大変な思いをしたり、今でもつらい思いをしたりそういう人の前ではなかなか言えないとは思う」。10年たっても簡単に「前向きに」とは言い切れない。それが本音だった。

 選手会長に就任したばかりの11年。あの3月11日を迎えた。兵庫県明石市でのロッテとのオープン戦は打ち切り。家族らとの安否確認もままならない不安を抱えたチーム。仙台に戻るべきか否か。ナインを代表し、球団との話し合いなどに追われる日々だった。何をしていいのか手探り状態で迎えた4月2日。札幌ドームでのスピーチに注目が集まった。「見せましょう、野球の底力を」。用意された原稿を固辞し、周囲と相談した心からの言葉。原稿を手にせず、真っすぐに語った姿が、人々の心を揺さぶった。だが、同時に重荷も背負った。あのスピーチで生まれた、プレー以外の重圧は想像以上に大きかった。

 13年に正捕手として球団初の日本一を達成。東北に歓喜を届けたが、本当に復興の力になったとは思っていない。「目に見える部分は復興してきていると思うけれど、心に負った傷はなかなか癒えることはない。目に見えない部分は復興することはないんじゃないかと思います」。被災者に寄り添い続けるからこそ、遠い道のりだと痛感している。それでも今までも、これからも、オフの復興支援活動は、ライフワークとして続けていく。

 ヤクルト移籍2年目。2軍調整中に、こうして節目の日を迎えた。「この日が来ると、もう一度気持ちが引き締まるというか、決して忘れてはいけない日。けれど、いつまでも後ろ向きではいけない。前を向いて進んでいかないと」。被災者とともに、ずっと抱えているさまざまな葛藤や思い。嶋もまた大きな荷物を抱え、必死に前を向こうとしている。(青森 正宣)

【2011年4月2日 札幌ドームでのスピーチ】
あの大災害、本当にあったことなのか、
いまでも信じられません。
僕たちの本拠地であり、住んでいる仙台、東北が、
今回の地震、津波によって大きな被害を受けました。
地震が起きたとき、僕らは兵庫で試合をしていました。
家がある仙台にはもう1カ月も帰れず、
横浜、名古屋、神戸、博多、そしてこの札幌など
全国各地を転々としています。

先日、私たちが神戸で募金活動をしたときに
「前は私たちが助けられたから、今度は私たちが助ける」
と声を掛けてくださった方がいました。
今、日本中が東北をはじめとして、
震災に遭われた方を応援し、
みんなで支え合おうとしています。

地震が起きてから、眠れない夜を過ごしましたが、
選手みんなで
「自分たちに何ができるか?」
「自分たちは何をすべきか?」
を議論し、考え抜きました。
今、スポーツの域を超えた
野球の真価が問われています。
見せましょう、野球の底力を。
見せましょう、野球選手の底力を。
見せましょう、野球ファンの底力を。
共に頑張ろう、東北!
支え合おう、ニッポン!
僕たちも野球の底力を信じて、
精いっぱいプレーします。
被災地のために、ご協力をお願いします。

 ▽11年開幕戦の嶋の決勝3ラン 震災の影響で18日遅れでセ、パ同時開幕した4月12日。楽天はロッテと開幕戦(現ZOZOマリン)を迎えた。嶋は1―1の7回2死一、三塁から左翼に決勝の1号3ラン。「東北の皆さんと一緒に戦っている気持ちが打球に乗ったんだと思う。スタンドに入った瞬間は鳥肌が立った」。6―4で勝利。選手会長は「144試合のうちの1勝ですけど特別な勝利」と話した。
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