【内田雅也の広角追球】あれから1年、うれしいほど野球日和――2年ぶりに開幕するセンバツ

2021年03月18日 19:00

野球

【内田雅也の広角追球】あれから1年、うれしいほど野球日和――2年ぶりに開幕するセンバツ
本来なら選抜開会式だった昨年3月19日の甲子園球場。快晴の下、阪神が練習を行っていた(撮影・奥 調) Photo By スポニチ
 【内田雅也の広角追球】あれから1年になる。昨年の3月19日に<悲しいほど野球日和>と題したコラムを書いた。
 本来なら選抜高校野球大会の開会式が行われる予定だったその日、甲子園球場では阪神タイガースが練習を行っていた。新型コロナウイルスの感染拡大で大会は中止となっていた。

 快晴だった。真っ青な青空だった。もう少し気温が高ければ、陽炎(かげろう)が立ち上っていたろう。先代の大会歌、作詞・薄田泣菫の<陽は舞いおどる 甲子園>を思った。まさに野球日和だったのだ。

 青空が恨めしかった。だから、松任谷由実の『悲しいほどお天気』(1979年リリース)なんて曲を思い出したのだ。

 <ずっといっしょに 歩いてゆけるって だれもが 思った>と歌う。失恋の歌である。出場が決まっていた32校の球児たちはもちろん、チーム関係者、家族、大会関係者、ファン……ら、多くの人びとにとって、甲子園のお天気は何とも悲しかったことだろう。

 だから「3・19」を忘れてはならないと書いていた。そんな記憶に刻まれた日から1年がたつ。

 18日は快晴だった。気持ちのいい青空が広がっていた。天気予報はきょう19日も快晴を伝えている。

 センバツが帰ってくる。2年ぶりに大会が開かれる。

 心が浮き立つ。もう、甲子園球場前の桜は咲き始めている。「山笑う」季節、背後に見える六甲の山脈(やまなみ)が笑顔で迎えてくれる。

 1年前、「悲しい」と感じた好天が「うれしい」と思える。

 昨年の「3・19」。ある大会関係者から届いたメールにあった。「高野連と毎日新聞社は球児たちに9イニングの借りがある。そして、暖かい春の青空の下での入場行進と開会式の借りもある」

 阿久悠『甲子園の詩』の<きみたちは 甲子園に一イニングの貸しがある そして 青空と太陽の貸しもある>になぞらえて悲しんでいた。1988年夏、8回降雨コールドで敗れた高田(岩手)に捧げた詩である。

 貸し借りで言えば、球児たちは貸しを取り戻す時である。ただ、昨年の球児たちはもういない。

 「先輩たちの分も――」などと力む必要はない。周囲に感謝し、周囲に配慮し、「誰かのために」と奮闘する心は確かに大切だが、そんな重荷を背負う必要などない。どうか、自分たちの野球を楽しんでほしい。甲子園で野球ができる喜び、うれしさを出してくれれば、それでいい。

 戦争中、あらゆる野球ができない年月があった。戦後、野球が再開された時、月刊ベースボールマガジン(恒文社)が発刊となった。1946(昭和21)年4月21日発行、創刊号の「創刊のことば」に<球を手にせずとも、心に球を持つ者は常に美しい>とある。戦中、思いを募らせた野球人の心を伝えている。

 「学生野球の父」飛田穂洲の寄稿がある。終戦後、故郷に近い茨城の涸沼(ひぬま)湖畔で書いたものだ。飛田は野球に人生や社会生活を説いた過去を<夢となってもよい>とさて置き、青少年への<懇望>を記した。<諸君は明朗闊達(かったつ)なる気分の中に吸い込まれて、新しき活力を養うために、おのおの好めるスポーツの中に抱かれることである>。

 野球にこだわらず、青少年にスポーツを楽しめと書いている。

 コロナ禍のなか、各種大会が再開される今の状況と似ている。苦しい思いをしたのは何も野球ばかりではない。スポーツ再開の先陣を切るように、センバツが始まる。飛田が願ったような<明朗闊達>な姿を楽しみにしている。=敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高(旧制・和歌山中)時代はノーコン投手。慶大時代はマージャンに明け暮れた。85年4月入社。野球記者一筋36年。大阪本社発行紙面でほぼ連日掲載の『内田雅也の追球』は15年目を迎えた。

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