社会人球界の名将、垣野多鶴氏死去 69歳 都市対抗3度制覇

2021年04月10日 21:47

野球

社会人球界の名将、垣野多鶴氏死去 69歳 都市対抗3度制覇
2009年、NTT東日本監督を務めた垣野多鶴氏 Photo By スポニチ
 社会人野球の監督として都市対抗を3度制した垣野多鶴(かきの・たづる)氏が4日、川崎市内の病院で肺炎のため亡くなった。69歳だった。通夜・告別式は家族葬で執り行われ、香典、供花は辞退している。
 長崎県出身。佐世保工―東海大を経て1974年、三菱自動車川崎に内野手として入社。89年に現役を引退し、96年アトランタ五輪日本代表コーチとして銀メダル獲得に貢献した。

 00年同社監督として都市対抗初優勝。三菱ふそう川崎に社名が変わった03年決勝は故野村克也監督率いるシダックスを破ると、05年の都市対抗も制した。

 都市対抗3度の優勝監督はヤマハを率いた川島勝司氏(今年特別表彰で野球殿堂入り)とENEOS・大久保秀昭監督しかいない。

 08~13年にはNTT東日本監督。日本野球連盟・競技力向上委員会委員も務めた。

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