岩隈氏が見た「マー君の真価」 中田を被弾後三振に斬った“宝刀”スライダー

2021年04月18日 05:30

野球

岩隈氏が見た「マー君の真価」 中田を被弾後三振に斬った“宝刀”スライダー
<日・楽5>3回2死、中田は空振り三振に倒れる(撮影・沢田 明徳) Photo By スポニチ
 【パ・リーグ   楽天1ー4日本ハム ( 2021年4月17日    東京D )】 楽天、マリナーズなどで活躍し、日米通算170勝を挙げた岩隈久志氏(40=マリナーズ特命コーチ)が、楽天時代の同僚だった田中将の国内復帰戦を滞在する米国でネットを通じて見届け、本紙に特別寄稿した。8歳下の田中将を「良きライバル」と見ていたことを明かし、11年の東日本大震災から10年が経過した東北の光になることを期待した。
 印象に残ったのは3回の中田選手との対戦。1―1からスライダーを2球続け、空振り三振を奪いました。前の打席で逆球の直球をホームランされた相手に投げ切り、スライダーに好感触を得たのではないでしょうか。

 中田選手には2月の練習試合でもスライダーを運ばれました。オープン戦最後の登板では、プレートを踏む位置を一塁から中央寄りにずらしているように見えました。おそらくスライダーの曲がり幅に合わせた試行錯誤の一環だったと思います。

 僕もそうでしたが、日本に戻って苦しんだ一つが変化球の曲がり幅の違い。日本のボールは一回り小さく感じ、縫い目も異なり、変化量にも違いが生じます。

 田中投手は、中田選手の打席が宝刀のスライダーに自信を取り戻す一つのきっかけになったと思います。初回は気持ちの高ぶりからくる力みもあったと思いますが、2被弾による3失点のみ。あとは試合勘だけで、不安はないと感じました。

 田中投手が楽天に入団して来たのが2007年。前年のドラフト会議を見ながら「あのマー君が来るんだ」と興奮気味に思ったのを今でも覚えています。

 1年目から「良きライバル」という感覚でした。高卒1年目の投手にそんな気持ちを抱いたのは、後にも先にも彼だけ。普通は「可愛い後輩」ですが、それだけではなかった。そう感じさせるほど、最初から高い能力を持つ完成された投手であったということです。

 僕自身は06年は2段モーションに苦しんで1勝止まり。07年は脇腹の故障などで5勝に終わって「岩隈はもう終わった」という声も聞こえていました。そこに甲子園で大活躍し「マー君」という呼び名で全国の野球ファンから愛された超高校級の投手が来ました。

 エースとしてやってきた自負も少なからずありましたが、その能力を目の当たりにし「(自分のいい時の投球を)取り戻さないと抜かれる」と焦りを覚えました。その刺激も受けたことで、08年に21勝を挙げることができたと思っています。

 田中投手の持ち味の一つが「気持ちの強さ」。甲子園のマウンドと同じように、高卒1年目から闘争心むき出しでプロの打者に向かっていきました。普通の18歳にはなかなかできない。彼は注目を一身に集める状況でも平然とやっていて、心の強さを感じました。

 日本に復帰する際には連絡をくれました。震災から10年目の年に戻ってくることに喜びを感じました。僕は先日、女川町(宮城県)を訪れましたが、東北の皆さんは復興に向けて懸命に進んでいます。この10年間がそうであったように、この先の10年も東北の人たちの心の中に楽天という球団があってほしいと思いますし、その輪の中で田中投手が輝くことを願っています。(元楽天イーグルス投手)

 ≪連勝28でストップ≫田中将(楽)が復帰初登板で黒星。12年8月26日の日本ハム戦から継続していた複数シーズンにまたがるプロ野球最多連勝記録が28でストップした。また、あと1勝だった日本通算100勝もお預けとなったが、次戦はプロ177試合目。通算100勝の最速記録はスタルヒン(巨)の165試合で、2位は藤本英雄(巨)の177試合となっており、次回勝てば歴代2位タイのスピード到達になる。なお、メジャー登板を果たし、国内復帰初戦で黒星は16年3月29日西武戦の和田(ソ)以来。

 ▼楽天・石井監督 実戦から離れていてアドレナリンが出るところも普段の投球練習とは違うので。最初の一歩を踏み出せれば、シーズンに入っていける。ボール自体はそこまで悪いと思っていない。

 ▼楽天・小山投手コーチ 元々、緊張など見せる選手ではないが、いろんな思いからいつもより力が入っていたのかな。力んで真っすぐが扱えていなかった。
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