松坂の“投手人生”決めた小2の交通事故、骨折知ったのは30年後…元担当記者が見た“平成の怪物”

2021年10月20日 05:30

野球

松坂の“投手人生”決めた小2の交通事故、骨折知ったのは30年後…元担当記者が見た“平成の怪物”
<西・日>初回、現役最後の登板で力投する松坂(撮影・尾崎 有希) Photo By スポニチ
 【【西武・松坂大輔投手引退試合】パ・リーグ   西武2-6日本ハム ( 2021年10月19日    メットライフD )】 プレートに右手をついて、つぶやく姿は本当に最後なのだと胸が熱くなった。これほど松坂の吹っ切れた表情を見たのはいつ以来だろう。
 17日に本人に電話をした。「苦労が投球に出ていましたね」。日本ハム・斎藤の引退登板を見た後で、そう漏らしていた。「僕も見てもらおうと思います、今の自分を」。決意の声だった。

 耳を疑う事実が伝えられた。「実は膝を骨折していた。膝を検査したら、右足の皿の部分に線が見えると。亀裂が入っていると、最近知りました」。心当たりを聞くと「小学2年生の時の交通事故で右膝を痛めたこと」が発端だという。それ以来、正座も右足での片足スクワットもできない。中学の成長期に「有痛性分裂膝蓋骨」になり、そのまま練習していた。高校、プロで右足が痛んでも、その影響としか考えず、30年以上も精密検査をしてこなかった。

 「ようやく右足でプレートを強く蹴れなかったことが納得できました。ずっと上体でいかに投げるかを模索してきた」。そんなハンデを背負いながら、「平成の怪物」としてのキャリアの数々を築き上げてきたのか。医師からは「よく、こんな膝でやってこられましたねと言われました」と話した。

 肘が痛いなら負担をかけないために。肩が痛いなら…。体の崩壊を、心と技でバランスを取ってきた。「投げ方が悪いことなんて自分が一番分かっている」と話した。だが限界だった。今は右手中指の感覚はない。ボタンを閉めるときは勘に頼る。18日には肩と肘に注射を打って、最後のマウンドに立った。オフには首と右膝も手術を予定する。

 「ホームベースにボールが届かなくなるくらいまで投げたい」。レッドソックスで世界一となった米国の地で聞いたそのフレーズも今は理解できる。ファンにもう無理だよ、と伝えた5球だった。栄光と挫折…。これほどまでの振り幅で23年も現役生活を送る選手は、もう出てこない。(99年西武担当、07~12年レッドソックス担当、デジタル編集部デスク・倉橋 憲史)
続きを表示

おすすめテーマ

2021年10月20日のニュース

野球のランキング

特集

【楽天】オススメアイテム