【内田雅也の追球 特別編】水島新司さんが漫画に描いた夢を現実が追いかけた

2022年01月18日 08:00

野球

【内田雅也の追球 特別編】水島新司さんが漫画に描いた夢を現実が追いかけた
杉浦忠氏の通夜で故人を偲ぶ(左から)長嶋茂雄氏、王貞治氏、水島新司氏(2001年11月13日、本願寺堺別院) Photo By スポニチ
 東京・四谷三丁目の居酒屋『あぶさん』には野球ファンが集う。店名は漫画『あぶさん』にあやかっている。作者の水島新司さん公認だった。店主の石井和夫さんが水島さんの野球チーム「ボッツ」に参加した縁で使用の許可を得たそうだ。
 阪神担当のころ、よく行った。1980年代末から90年代のことだ。東京ドームや神宮でのナイター終了後に向かい、夜ふけまで野球談議した。

 94年、ダイエーを退団した杉浦忠さんがスポニチ本紙評論家となってからは一緒に行った。

 杉浦さんと水島さんはもちろん旧知の間柄。漫画にもよく登場した。

 88年、南海がダイエーに身売りし、本拠地・大阪球場で最後の公式戦を行った後、監督だった杉浦さんは有名なセリフを残している。「ホークスは不滅です。(福岡に)行ってまいります」

 南海の売却にショックを受けていた水島さんに杉浦さんは「あぶさんも一緒に福岡に来るんでしょう」と励ましたそうだ。水島さんは「あの一言で『あぶさん』を続けられた」と話していた。

 さて、居酒屋の方は伝説のスター来店に盛りあがった。杉浦さんも笑顔で応じていた。98年の夏の夜、例によって、杉浦さんを囲んでいた。

 杉浦さんは「本当の世界選手権をやろう」と言い出した。「日本は野球先進国として野球を世界に広め、高めていく使命がある。もちろん僕にも義務がある。野球が好きな君たちにも責任はあるんだよ」。挙母(現豊田西)高時代「野球記者になりたい」と志していた杉浦さんは記者にも夢を描くことや、確かな視点を求めた。

 後に分かることだが、水島さんも大リーグを巻き込んでプロの「クラブ世界選手権」をやるべきだとの思いを抱いていたそうだ。ソフトバンク・孫正義オーナーが掲げる「世界一決定戦」に乗り気だったという。

 水島さんが漫画で描いた話に、後から現実が追いついていった例がいくらもある。『球道くん』中西球道が投げた最速163キロ剛速球は大谷翔平が投げている。『ドカベン』で起きたスクイズ小飛球による「第3アウトの置き換え」は甲子園大会であった。国別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)はできた。次はクラブ世界選手権の番か。描いた夢が実現していった。

 天に召された水島さんは杉浦さんと再会し、夢を語り合っていることだろう。 (編集委員)
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