ド軍編成部長が明かしたマエケン電撃トレードの裏側 「どうすれば1年間先発できるか一緒に考えよう」
2020年03月16日 06:20
野球
「先発投手として必要だと言われたのが、僕としては一番うれしい言葉だった。そうやって評価してもらえて、このチームに来られたのは、すごく幸せなことだと思います」
ここまでオープン戦は3試合に先発し、防御率2・08。新天地では先発3番手が有力視されている。ドジャースとの8年契約を4年残す中での電撃トレード。その裏には何があったのか。
話は、昨年11月のGM会議までさかのぼる。ジョエル・ウルフ代理人は、ド軍のフリードマン編成本部長に前田の意向を伝えた。
「一番はドジャースでフルタイムの先発投手であること。そうでないならトレードしてほしい」。しかし、この時点でド軍に前田を放出する気はなかった。理由はシンプル。「健太がいた方が良いチームだから」。フリードマン氏は、ド軍キャンプ地のグレンデールで語った。その上で「トレードはしたくないが、ドジャースにとって本当に価値のある話であれば、真剣に考える」と約束したという。前田の意向が一部で報じられ、ツ軍を含む数球団が興味を示しても、当時ド軍は動かなかった。「交換相手がプロスペクト(メジャー経験の浅い若手有望株)では話にならない。トレードするならチームが良くなるメジャーの選手が絡まないと」との考えからだ。
前田自身もフリードマン氏の考えは理解していた。先発からブルペンに配置転換になった昨年9月、2度も腹を割って話し込んだ。そこで伝えたのは、先発へのこだわりと、日米通算200勝という目標。フリードマン氏は気持ちをくんだ上で提案した。「来年、どうやったら1年間先発ができるか一緒に考えよう。右打者への成績は凄く良いから、左打者ももっと良くできるはずだし、工夫していこう」と。それが一転、ド軍は1月中旬から下旬にかけてトレードへ急にかじを切った。
ド軍とレッドソックスの間でベッツ、プライスら超大物が絡む大型トレードが進行。第3のチームとして、前田を獲得したいツ軍が参入した。フリードマン氏は本格交渉の前に前田の気持ちを確認した上で2月10日、トレードを成立させた。「何らかの理由で健太がどうしてもミネソタには行きたくないと考えているかもしれないからね。彼の(トレードへの)考えに11月以降、変化がないかも確かめておきたかった。彼がツインズへのトレードを好まないなら、私たちは他の手段を選んでいた」。前田にド軍への愛着は強かったが、先発の層の厚いチームにあって、再び配置転換を命じられる可能性は消えず、移籍を希望する思いも変わらなかった。
先発への強いこだわり。前田自身を成長させる原動力にもなったのが、06年に広島に入団した時から掲げている200勝という大きな目標だ。
「リリーフが下とか上とかではなく、僕は先発投手としてキャリアを重ねてきて、200勝とかいろんな目標があって、ここまで来た。もちろん年齢的にもまだまだできる。今、40歳なら話は別ですけど、先発できる体力や技術があるうちはやりたい」
かねて物議を醸してきたのは、前田の特殊な8年契約だ。基本年俸を300万ドル(約3億1800万円)と抑え、先発試合数と登板イニング数に応じて最大で1年あたり1000万ドル(約10億6000万円)の出来高が得られる。ド軍はこれを避けて配置転換をしているのではとの声も上がった。だが、フリードマン氏は「お金が理由ではない。試合にたくさん勝つことが一番の目的。それは本人とも話してきた。彼が頑張った分を払うのは私たちにとってもうれしいことだった」と、きっぱり否定する。
特殊な契約となった原因は、ド軍の医師が担当した身体検査で前田の肘のじん帯に異常が見つかったためだ。しかし、前田はこの4年間で一度も大きな故障をすることなく、103試合に先発した。これは、同時期のエース、カーショーの102試合を上回りチーム最多の数字だった。
診断は何だったのか。前田は言う。
「僕には分からない。僕自身は痛くも何ともなかったし、ケガをしない自信があった。ただ他の医師に診てもらっても、同じ診断だった」
フリードマン氏は広島から送られてきた医療情報がメジャーの各球団に比べ、少なすぎたと指摘する。「我々がメジャーのFA選手と契約する時、在籍球団の医療ファイルを閲覧できる。この数年間どんな治療を受けてきたかが詳細に書いてある。しかし、健太については日本の医師からの“KENTA IS DOING WELL(健太はうまくいくだろう)”という意味合いの短い文面と、米国で撮られたMRI画像だけだった」。これでは何千万ドルの投資はできないのがメジャーの流儀だ。ただ、4シーズンを終え、納得した。「この4年間見てきて分かったが、肘の状態がそう(じん帯に異常)であっても、彼の体が適応することを学んでしっかり投げ続けられているということ。今はそれが分かっているが、少なくとも米国球界においては稀なケースだった」。もし日本時代から肘のMRIを毎年のように撮影し、それでも問題なく投げられることを医療ファイルで説明できていれば、違っていたかもしれない。
ただ、通常の契約が難しいと分かっても、前田にメジャー挑戦を遅らせる選択肢はなかった。広島への感謝の思いが、そうさせた。
「カープに戻る選択肢はもちろんありました。ただ、(広島に)戻っても翌年はFA(での移籍)になってしまう。ポスティングを認めてくれたカープに、恩返しという形でお金も入って移籍するのが僕にとってベストのシナリオだった。1年後、(診断結果が一転して)良くなることはたぶんない。1年待って、また身体検査で引っ掛かってポスティングもないとなったら、誰もプラスになる人はいない」
一方、フリードマン氏は「ああいう診断が出ていなかったら、もっと高額で契約していただろう。我々は最初から健太を高く評価していたからね。そこで、相談しながら出来高の多い契約にした。今、悔やむのは、リリーフで投げた時でも(金銭的に)報われるような条項を入れておけばよかったということ」と話した。
実際に18年のオフ、球団側はリリーフで投げた場合も出来高が付く条項を提案した。しかし、前田は断った。「付けることで(ブルペンに)入りやすくなるんじゃないか、という考えもある。球団にしたら“お金をあげるんだから気持ちよく入りなよ”となる可能性もある。総合的に考え、付けないようにしました」。ド軍の配慮に感謝しつつも、先発へのこだわりが上回った。これをフリードマン氏も尊重。「健太がリリーバーになると思って提案したわけではない。もし仮にシーズン最後にそうなった場合は、その働き分を報いたいということなんだ。でも彼にとってお金が全てではないのは知っていたし“自分はリリーバーではない”という立ち位置も理解している」と、意思の疎通はできていた。
昨季101勝を挙げたチームが、29年ぶりにワールドシリーズに進出する切り札が前田。ウルフ代理人は「メジャーでハイレベルの投手を手に入れるのはとても難しい。健太には高い技術があって相手に向かっていける上に、ケガが少ないし、休まない。ワールドシリーズなど大舞台の経験もある。まさに今のツインズが必要とする投手」と太鼓判を押した。
ツ軍首脳は「健太が入ればヤンキース、アストロズ、レイズなど、(リーグ内の)ライバル球団との対戦で優位に立てる」とみる。デレク・ファルビー編成本部長はデータ分析に精通。空振り率の高さ、相手打者の打球速度の低さなどから、先発としての能力の高さを確信していた。前田は同じくデータに詳しいウェス・ジョンソン投手コーチとも、すでに良好な関係を築いている。
「全体的な数字は1年目が一番良くて(16勝)、見映え的には下がっているかもしれない(2年目13勝、3年目8勝、4年目10勝)。でも、内容的にはすごく上がってきているので、そこを評価してもらえたのはうれしい。勝ち星、防御率とか表面的な数字ではなく、表面的でない数字が評価されたのはすごく自信になる。“もっと長いイニングを投げられるし、できるはずだ”と(コーチから)言われた。自分の可能性がまだまだあると思いますし、新しい自分が見つかるかもしれない。そういう楽しみもあります」
チームのために勝ち星を重ねた先に、あと56勝としている日米通算200勝への道のりが広がる。フリードマン氏は、前田に「I WISH NOTHING BUT THE BEST(心から幸せを祈る)」とエールを送り、こう付け加えた。
「健太はこの4年間、我々の成功に欠かせない選手だった。早穂夫人ともどもドジャースファミリーに溶け込んでいた。才能だけでなく、とても頭の良い野球人だから、引退後、あるいはそうでなくても、またドジャースに戻ってきてくれれば」
4年間で築かれた信頼関係と絆こそが、前田の新天地への道を後押しした。
▽前田のトレード経過 2月4日(日本時間5日)に大リーグ公式サイトが4球団、8選手が絡む大型トレードで、ドジャース・前田がツインズに移籍すると報道。しかし、ツインズからレッドソックスに移籍予定だった21歳右腕グラテオルの医療リポートを見たレッドソックスが先発に向かないと問題視。追加要員を求められたツインズは応じず。その後、ツインズはドジャースとのトレードに切り替え、10日(同11日)に獲得を発表した。
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