和歌山大はなぜ優勝できたのか(後編) 地域貢献、ボランティア活動…そして、野球ができる幸せ
2022年05月16日 15:50
野球
主将の金谷温宜さん(4年=創志学園)は「歴史ある祭りに参加できて光栄だった。無事に運べて何よりだった」と話した。大原弘監督(57)は「これも地域貢献の一つだと思っています」と話した。
和歌山大野球部は地域とともにある、という意識が根づいている。大原監督は常々、「和歌山県唯一の国立大野球部として、できることはないかと考えている」と部員たちに語りかけてきた。
今回、近畿学生リーグ、春季リーグで優勝した新チームはボランティア活動でスタートしていた。昨年10月3日、和歌山市の紀の川に架かる水管橋が崩落し、和歌山大のある和歌山市北部では断水が続いた。
優勝を争っていた秋季リーグ最終節の最中だった。部員たちの下宿先も水が出ない不自由な生活を強いられた。最終戦に敗れ優勝を逃したのが5日。7日から部員たちは授業の合間に市内8カ所の給水所に出向き、水を運搬する活動を始めた。悔し涙を流したV逸から2日、当時4年生でエースだった瀬古創真さんは「近くに困っている方がいる。高齢者の方々もいる。若い僕たちが力になろうと思った」と話していた。
国立大野球部でグラウンドなど設備も練習時間も満足にない。実績ある選手が集まっているわけではない。「そんなことよりも」と大原監督は言う。「結局、一番大切なものは環境ではなく、自分たちの中にあるということを学生たちも気づいています。だから、ボランティア活動も自分たちの成長のためだと分かっているのです」
大原さんが監督に就任した2008年当時は近畿学生リーグの3部に沈み、ボールも満足にない状態だった。関係者を頼り、和歌山市の高校の野球部からボールの寄付を受け、グラウンドを借りた。「何とか恩返しをしたい」と、夏の高校野球和歌山大会でもボランティア活動を行っている。
大会会場の紀三井寺公園球場でグラウンド整備、部員の少ない高校のボールボーイ、入場券の回収、アルコール消毒、場内アナウンス……。大会関係者から感謝され、今月21日から紀三井寺球場で開かれる高校野球春季近畿大会にも連日30人を送ることになった。
毎年1~2月には地元の小中学生相手に少年野球教室を開き、高校の練習に打撃投手に出向く。地域に根づき、愛される野球部を目指している。
2013年から毎年3月に沖縄キャンプを張る。本島北部、山原(やんばる)の地、国頭(くにがみ)村で野球漬けの日々を送る。金谷主将が「朝から晩まで野球に打ち込み、選手同士が心を通わせる。沖縄は僕たちの原点です」と話す。
寮のない和歌山大野球部にとって、山と海に囲まれた球場(かいぎんスタジアム国頭)、すぐ隣の旅館(かりゆし荘)での日々は貴重な体験だ。3月の沖縄の夜明けは遅い。今年はあたりが真っ暗な午前5時、何人かが素振りをしている選手がいて大原監督も驚いた。
沖縄入りした当日には那覇市の奥武山公園に向かう。沖縄セルラースタジアム那覇の後方に建つ「島田叡(あきら)氏顕彰碑」を訪れる。
2015年に建てられた。島田叡は沖縄が激戦地となることが必至だった1945(昭和20)年、官選で沖縄県知事となった。「オレが行かなんだら誰かが行かなならん。オレは死にとうないから誰か行って死ねとはよう言わん」と決死の覚悟で赴任した。県外への疎開や台湾からの食糧確保に尽力し、多くの県民の命を救った。自身は摩文仁で最期を迎えた。「島守(しまもり)」と呼ばれ、今も慕われる。
島田は野球人だ。神戸二中(現兵庫高)時代、第1回全国中等学校優勝野球大会(1915年・豊中)に出場。三高、東大を通じ、左打ちの俊足外野手として活躍した。
大原監督は記念碑建設に尽力した元沖縄県副知事、嘉数昇明(かかず・のりあき)さんとも交流し「沖縄で野球をやる意味、野球ができる幸せ」を語り続けている。
今春のリーグ戦はロシアのウクライナ侵攻が続くなか、行われた。開会式(4月2日・大阪シティ信用金庫スタジアム)で近畿学生野球連盟の五百旗頭真会長は島田叡氏の逸話を紹介し「今こそ平和を思い、野球をつないできた先人の思いを胸に、野球ができる喜びを感じながらプレーしてほしい」とあいさつした。アジア調査会会長でもある五百旗頭氏はシンポジウム「沖縄復帰50年を問い直す」(毎日新聞社、琉球新報社、一般社団法人アジア調査会共催)にも参加していた。
和歌山大の部員には母親が本土復帰3日後に生まれたという沖縄出身の上原秀太選手(4年=沖縄尚学)もいる。彼らはグラウンド内外を問わず「野球」を見つめ、考え続けていた。 (編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。和歌山大の大原弘監督は桐蔭(旧制和歌山中)野球部の後輩。阪神を追うコラム『内田雅也の追球』も選手たちの「考える野球」の題材に使ってくれている。
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