山口百恵さん 解禁サブスク1位は「プレイバックpart2」 終わらない伝説の源は自己プロデュース力
2020年06月09日 13:30
芸能
(1)プレイバックpart2
(2)さよならの向う側
(3)いい日旅立ち
(4)秋桜
(5)横須賀ストーリー
(6)イミテイション・ゴールド
(7)夢先案内人
(8)ひと夏の経験
(9)絶体絶命
(10)乙女座宮
1位の「プレイバックpart2」をはじめ、10曲中7曲が阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の作品。3位の「いい日旅立ち」が谷村新司作詞作曲、4位の「秋桜」がさだまさし作詞作曲、8位の「ひと夏の経験」が千家和也作詞、都倉俊一作曲だ。こうして見ると、歌手としての百恵さんのイメージは宇崎、阿木夫妻の楽曲の影響が大きいことが分かる。
宇崎、阿木夫妻に楽曲を作ってもらおうと考えたのは百恵さん自身だった。2人が初めて百恵さんに楽曲を提供したのは1976年。その前年に宇崎の「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」が「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を大ヒットさせていた。
宇崎は2010年にNHKの音楽番組「SONGS」の中で、百恵さんの曲の依頼についてこう話している。「アイドルから話が来るとは思ってもいなかった。なんで来たのか?という思いを抱えて作っていた」。
しかし、百恵さんの自己プロデュースは成功することになる。宇崎、阿木夫妻は最初に百恵さんのアルバム「17才のテーマ」のために4曲を作るが、うち1曲は収録されず、のちにシングルとして発売された。それが大ヒット曲「横須賀ストーリー」で、百恵さんの歌手活動の大きな転換点になった。
個人的には、百恵さんの最高の自己プロデュースは21歳の若さで引退し、復帰しなかったことだと思う。この40年の間、1度でも芸能界に戻っていれば、ここまで強固な伝説は成立しなかっただろう。百恵さんは沈黙を続けることで、自ら築き上げた「山口百恵」を守ったと言える。
このコラムを書くに当たり、古い資料を探していたら、百恵さんの直筆の言葉が記された印刷物を見つけた。その言葉は百恵さんの引退間近のアルバム「不死鳥伝説」のレコード盤に刻印されていたものだ。
「蘇ると約束するわ あなただけの胸に再び」
ファン一人一人の胸にだけ復活するという言葉のセンスが凄い。これを読み返した時、終わらない伝説の源がここにあると思った。百恵さんは約束を果たしていた。
◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。