作家・坂井希久子氏 初めて書いた“百合”の世界

2021年01月18日 10:00

芸能

作家・坂井希久子氏 初めて書いた“百合”の世界
小説「花は散っても」を刊行した坂井希久子氏 Photo By 提供写真
 【牧 元一の孤人焦点】時代小説「居酒屋ぜんや」シリーズなどで知られる作家の坂井希久子氏が新たな小説「花は散っても」を刊行した。
 東京・谷中で着物のネットショップを営む女性が主人公。ある日、実家の蔵を整理していると、祖母のものにしては小さすぎる銘仙、手記3冊、美少女の写真を見つける。美少女はいったい誰で、祖母とどんな関係だったのか…。主人公は謎を解くため手記を読み始める。

 この小説はどのようにして生まれたのか。坂井氏が語る。

 「2015年、16年の頃、谷崎潤一郎没後50周年のために書き下ろしてほしいという話をいただきました。私はもともと谷崎が好きで、大学の卒論も谷崎でした。でも、16年までに間に合わなかったんです。この5年のうちに担当編集者さんも変わりましたけれど、前の担当さんも今の担当さんもあきらめずに催促してくれました」

 作品には随所に谷崎オマージュがある。読んで、それに気づく人、気づかない人がいるだろう。そして、何より興味深いのが、ここに描かれる祖母と美少女の関係だ。

 「戦前の女学生の百合(女性同士の恋愛)を書きたかった。当時は『乙女の港』(女学生たちの友好関係を描いた小説)がはやって『エス』(少女・女学生同士の友好関係)が流行した時代。私が百合の世界を書くのは初めてです」

 書きたいものを書き始めたのに執筆は難航。刊行までに要した時間は自身の作家活動で最長の5年に及んだ。

 「百合を書きたかったので、戦前から終戦にかけての手記パートを先に書きました。現代パートも書いてはいたけれど、手記パートとの絡み具合いがどうもしっくり来なかった。物語として、手記パートだけでは、いま出す意味がない。どうしようと思いながら、少しずつ書いていました。でも、現代パートもゲラで読み返したら、悪くない。年月がたっているので、現代パートの文章の方がうまいと思いました」

 小説家は自分の好きなことを書ける仕事のように見える。ところが、現実としては、好きなことを書けるケースは少ないようだ。

 「私が『次は、こういうのを書きたい』と話すと、だいたいボツにされます。たぶん、編集者はピンと来ないのでしょう。それきり連絡が来なったりします。だから、編集者と話し合って、どういうものを書いてほしいのかを聞きいたい。それがはっきりしている方がこちらもやりやすい。私は『人と人の関係』を書ければ満足です」

 この先、作家として目指す場所はどこか。

 「どうにかお仕事が続けばいいな、ということくらいしかない。本当は4年に1作くらい書いて生きていければいいのだけれど…」

 今年はこれから坂井氏の作品の刊行が相次ぐ。今や売れっ子作家の1人。本人の控えめな思いとは裏腹に多忙な1年になることは間違いない。
 
 ◇坂井 希久子(さかい・きくこ)1977年、和歌山県生まれ。同志社女子大学卒業。2008年、「虫のいどころ」でオール読物新人賞受賞。17年、「ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや」で歴史時代作家クラブ新人賞受賞。著書に「泣いたらアカンで通天閣」「妻の終活」など。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。
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