大量の汗と足の痛みで体感した三陸リアス式海岸 眼前には“切手の絶景”が…
2023年07月26日 08:00
芸能
「トレイルを歩こう」と計画した当初は、羅賀荘まで約20キロの踏破を予定した。だがアップダウンを繰り返す難路だ。途中のエスケープルートも少ない。
計画変更は正しかった。
記録文学の世界で金字塔を打ち立てた作家、吉村昭(1927~2006)は「三陸海岸大津波」の中で、この地の地形についてこう記している。
「海岸線に沿って歩いてみると、山脈がそのまま不意に海に落ち込んでいることがよくわかる。山脈から触手のようにのびた支脈が半島となって海上に突き出し、巨大な斧で切断されたような大断崖が随所に屹立して海と対している」
歩いた道は、吉村が「触手のようにのびた」と書いた半島とは呼べぬほどの小さな岬の中腹をトラバースするもの。沢筋まで降りたかと思うと、その分を登り返す。断崖の高さは海面から150~200メートルでアップダウンは最大でその範囲だが、それの繰り返しだ。たちまち息が上がる。まるで廃車寸前の蒸気機関車だ。
道は狭く、海側に転がり落ちれば大けがでは済まないだろう。行き交う人もいない。登山届けも出していないから、落ちて行方不明になればそれまでだ。最近ではクマの出没情報もある。
ふらふらになり、どうにかこうにか正午前に北山崎展望所にたどり着いた。
道中、木々の間から望む大岸壁に息をのんだ。「三陸リアス式海岸」の複雑な地形を流した大量の汗と、足の痛みをともなって体感できる道ではあった。
北山崎展望所から望む大断崖の絶景は、小学生の頃、収集していた切手の図柄で覚えていた。第1次国立公園シリーズ切手の「陸中海岸国立公園」、現在の「三陸復興国立公園」である。
時は切手ブーム。なけなしの小遣いをはたいて買った1枚。7円切手が確か400円ぐらいした。切手店のおばちゃんがピンセットでつまみ、薄い半紙で作った袋に入れてくれた。うやうやしいまでのその仕草がこの切手の高級さを裏付けしているようだった。
眼前に広がっているのはまさしく“切手の光景”だった。