「僕は役者に向いていない」だからこそ視聴者の心を揺さぶる丹念で温かい吉岡秀隆の演技
2023年11月04日 19:32
芸能
転機になったのは80年公開の高倉健主演映画「遥かなる山の呼び声」だった。たくさんの演技上手な子どもたちがオーディションに集まったにもかかわらず、山田洋次監督はこの素朴な少年との出会いに運命を感じた。映画は大ヒット。吉岡の演技にも大変な注目が集まった
。
吉岡の瑞々しい演技に大きな役割を果たしたのが母の明子さんだった。撮影スタッフは現場に付き添いで来ていた明子さんが、なぜか遠くにいることを不思議に思っていた。その理由について「すぐ不安になったり泣き出したりする子でしたから、あの子の目線の前にいようと思ってたんです。でもカメラや監督さんがいるから、その前にはいられないじゃないですか。だから離れているけど、必ず見える場所にいようと思ったんです」
子役ながら順調にキャリアを積んでいた吉岡は高校時代、役者の仕事を休業する。「学校にも行けない。友達との時間もとられる」と、思春期の少年には“割に合わない”仕事だった。しかし、周囲の説得もあり再び現場に戻る。明子さんは「つらい方を選んだな、と思いました。撮影初日は準備で夜も寝ない。ちょっとした役でも手を抜けない。とことん調べて役に臨む。そんな子なので大変な道を選んだなと思いました」
器用に演じることはできず、とことんまで突き詰める。だから本人は「この仕事に向いていない」と話す。ただ、そんな男だからこそ、共演者やスタッフは絶大な信頼を寄せる。山田洋次監督は「ずーっと悩んでいる、今でも悩んでいる。それが吉岡くんだと思いますよ。疑問を持ち続けるというあたりが彼の素晴らしさじゃないのかな」
「男はつらいよ」で母・さくらを演じた倍賞千恵子は「心の芯で受け止めて芯で返すみたいなところがあるの。だから彼、あったかいのよね。そんじょそこらにはいない俳優さんなんじゃないかな」
「役者の仕事は今もつらいです。逃げ出したくなる」。それでもなぜ今も続けるのか?
「“遥かなる山の呼び声”の時、演技が終わるとウワーっと母のところに走っていくと抱きしめてくれました。結局、今もそうなのかもしれないです。映画良かったよ、とかそういうのよりも、よく頑張ったね、と言ってもらうほうがうれしい。今もひょっとしたら母にそう言ってもらいたいからなのかもしれないですね」
3日に公開した今年最大の注目作「ゴジラ-1.0」にも出演。誰もマネのできない丹念な演技でこれからも日本の映像世界を支え続ける。