中村メイコさん急逝 2歳時に文豪・菊池寛と1対1の食事の過去 作家の父の一風変わった情操教育

2024年01月07日 21:01

芸能

中村メイコさん急逝 2歳時に文豪・菊池寛と1対1の食事の過去 作家の父の一風変わった情操教育
中村メイコさん Photo By スポニチ
 女優の中村メイコ(なかむら・めいこ、本名神津五月=こうづ・さつき)さんが昨年12月31日に肺塞栓症(はいそくせんしょう)で死去した。89歳。東京都出身。ホリプロが7日に発表した。葬儀はすでに密葬で執り行われ、お別れの会は後日執り行う予定。
 天才子役として2歳から映画やドラマ、ラジオに出演、NHK紅白歌合戦では3年連続で紅組司会を務めるなど幅広く活躍した中村さん。夫は作曲家の神津善行氏で、長女は作家の神津カンナ氏(64)、次女は女優の神津はづき(61)で、その夫が俳優の杉本哲太(58)と芸能一家を築いた。

 父は作家の中村正常氏で、母は「おチエさんの老青春を生きる」の著者のチエコさん。そんな中村さんは、「赤ちゃん」の頃に、文豪・菊池寛と1対1で食事した驚きの過去をテレビ番組で語っていた。

 昨年11月6日放送のBSトゥエルビ「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」(月曜後9・00)にゲスト出演した際に、父のユニークな教育を明かした中村さん。父について「明るくおもしろいものしか書かないという作家だった」と説明。そんな父の一風変わっていた情操教育とは…。

 ある日、父のセッティングで、菊池寛と食事をすることになったという。菊池といえば、「屋上の狂人」「父帰る」「真珠夫人」など数々の作品を残し、直木賞、芥川賞、菊池寛賞の創設にも携わった人物。父はなぜか、そんな昭和を代表する文豪と、中村の1対1の食事を決定したという。中村さんはは「2年8カ月が映画デビューだから、その前だからもっと小さい。赤ちゃん」と笑顔で回想。

 当時の菊池は、40代後半。中村は「菊池先生に後からうかがったんですけど、“うちの娘はまだ2歳半で、おむつも取れてませんけど、エチケットはちゃんと教えてありますから、きちっと食事をするでしょう”って、父が言っちゃったの」と、そのいきさつを説明した。

 中村さんは食事の様子を覚えているといい「(菊池が)お困りになったんでしょうね。“メイコちゃん、僕はあなたのような小さい子とお食事をするのは初めてなんだよ。失礼があったらごめん”っておっしゃって。今でも覚えてる」。幼少期から大人の世界で暮らしてきた中村は、「そういう日常でしたよ、毎日」と振り返っていた。

 中村メイコ(なかむら・めいこ、本名神津五月=こうづ・さつき)1934年(昭9)5月13日生まれ、東京都出身。作家の中村正常氏の長女として生まれる。2歳の時に映画「江戸っ子健ちゃん」でデビュー。角帽の子供“フクちゃん”を演じて人気に。元祖天才子役である。そ の後、数多くの作品に出演。紅白歌合戦の紅組司会を1959年~1961年と3年連続で務めた。1957年に作曲家・神津善行さんと結婚した。

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