大久保嘉人“先輩”から高校生にエール「選手権は青春。楽しんで、輝いて」 全国高校サッカー28日開幕

2021年12月28日 05:30

サッカー

大久保嘉人“先輩”から高校生にエール「選手権は青春。楽しんで、輝いて」 全国高校サッカー28日開幕
「輝」と書いた色紙を手に高校生にエールを送った大久保嘉人氏
 第100回全国高校サッカー選手権が28日に開幕する。記念すべき節目の大会を前に、今季限りで現役を引退した元日本代表FW大久保嘉人氏(39)がインタビュー取材に応じた。長崎・国見高3年時の第79回大会を制したストライカーが、当時を振り返るとともに、出場する高校生や選手権への思いを語った。(取材・構成 西海 康平)
 ――高校サッカーや選手権の思い出は。

 「優勝した(3年時の)選手権が一番の思い出。1年の時はスタンドで応援して、2年の時は試合に出たけど、2回戦で鹿実(鹿児島実)に負けた。凄く覚えているのは、3回戦の日章学園との試合かな」

 ――その理由は?

 「39度の熱が出て、歯も痛かった。正月だから病院はやっていなかったけど、急きょ開けてもらった。まだ熱があって、小嶺先生から“嘉人、どうするか?”と聞かれて“出ます”と答えて試合に出た。その試合で4点を取ったから凄く覚えている」

 ――3年時はインターハイ、国体、選手権と3冠だった。

 「仲が良くて、一つになっていた。なぜかというと、俺らが高校1年で入った時に“国見史上最弱”と言われていて、こいつらは選手権に出ても優勝できないと。俺らが3年になった時に3年計画が始まって、1年の渡辺大剛らを“優勝させる”という流れになって、1年だけでブラジル遠征にも行った。“ふざけるな”と。そこから“絶対に俺たちで優勝しようぜ”って絆が生まれた。最初は本当に弱かったけど、徐々に強くなって、負ける気はしなくなった」

 ――国見の練習で一番厳しかったのは?
 「選手権予選の前の9月ぐらいに、走りの時期が1、2カ月あって。朝、起きた時から“今日は走りだ”と憂鬱(ゆううつ)で…。12キロ走とか、いろんな種類があった。一番きつかったのは、グラウンド1周300メートルを45秒とかで走って、それを2周、3周、4周、5周とやっていって1500メートルまでいったら、今度は5周、4周、3周、2周、1周と走る。呼吸困難で倒れたやつが何人もいたし、相当きつかった」
 ――その練習から培ったものや、部活とクラブのユースの違いは?

 「タイムに入れなかったら、グループで連帯責任になって、入れるまで終わらない。どうスピードを落とさずに、あと1周とかを走りきるか。もちろん体力もそうだけど、精神的にも鍛えられた。自分に対して妥協を許さなかった。(部活生は)最後の最後で強いかもしれない」

 ――小嶺監督の言葉で印象に残っているのは?

 「最後、決勝で優勝して自分たちが喜んでいたら、怒りながら“勝ってかぶとの緒を締めよ”と。そう言われて、ピリッとしたのを覚えている。もう先生たちは切り替えているから、次の新メンバーの名前をボードで動かしたりしていた」

 ――選手権も第100回大会を迎えた。出場する高校生や大会へのメッセージを。

 「長男も高校1年でサッカーをしていて、選手権を目標にしている。出場する3年生にとっては選手権が最後の大会だし、アピールするチャンスでもある。いろんな人がテレビで見てくれてもいる。楽しんでほしいし、輝いてほしい。選手権は青春だから、俺たちの。青春のまま、続いていってほしい」

 《大久保嘉人(国見)と選手権》 メンバー外だった1年時は1回戦で松商学園に勝利し、2回戦で金光第一(現金光大阪)に敗戦。2年時は1回戦で岐阜工に勝利したが、2回戦で元日本代表MF松井大輔らを擁する鹿児島実に0―2で敗れた。3年時は1回戦で西目、2回戦で帝京三に勝ち、3回戦は大久保の4得点もあって日章学園に6―0と大勝。準々決勝で武南、準決勝で富山第一に勝利し、決勝は大久保の2ゴールなどで草津東を3―0で下した。小嶺忠敏監督(現長崎総合科学大付高監督)率いる国見高は8年ぶり4度目の優勝を飾り、大久保は通算8得点で得点王に輝いた。

 ◇大久保 嘉人(おおくぼ・よしと)1982年(昭57)6月9日生まれ、福岡県出身の39歳。苅田SSSから国見中、国見高を経てC大阪加入。神戸、川崎F、FC東京、磐田、東京V、マジョルカ、ウォルフスブルクにも在籍。J1通算477試合出場191得点、J2通算48試合出場18得点、国際Aマッチ通算60試合出場6得点。家族は莉瑛夫人と長男・碧人(あいと)さん、次男・緑二(りょくじ)君、三男・橙利(とうり)君、四男・紫由(しゆう)君。1メートル70、73キロ。

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