体操協会の迷走に見る「役員ファースト」の組織構造 協会とは誰のものなのか?
2018年09月04日 09:30
体操
1978年、米国ではアマチュア・スポーツ法という法律が可決され、当時のジミー・カーター大統領が署名した。これにより、それまで国際大会を統括していたAAU(アマチュア・アスレティック・ユニオン)から、新たに設立されたUSOCにその権限が移行。AAUは女性選手の陸上大会への参加や、シューズ・メーカーと契約した選手が出場する大会への参加を禁止していたが、これが全面的に認められるようになった。
そして1998年、アラスカ州選出のテッド・スティーブンス上院議員らによる立案で改正案が可決。五輪に出場する選手の権利を保護する改正案でこれは「テッド・スティーブンス法」とも呼ばれている。
しかしワシントン・ポスト紙はこの改正案に「性的虐待に関しては被害者もしくは被害者の親から文書で申し立てがない限り、対応することはできない」と明記されていたことを問題視。本来、選手を保護するために作られた法律でありながら、性的虐待という大きな問題に直面すると、被害者側も組織側も身動きがとりづらい雰囲気が出来上がってしまったのだ。
以後、体操だけでなくコーチとの師弟関係が重要視される競泳やテニスなどでも同じ事件が表面化したが、組織側が率先して問題解決を図るという動きはほとんどなかった。
USOCは2017年3月、ナサール元トレーナーに対する告発を無視したり、即座に対応しようとしなかった米国体操協会(USAG)のスティーブ・ペニー前会長に辞任を勧告。同年10月からはケリー・ペリー現会長が職務を引き継いだ。
当然、USOCにも責任はある。今年に入ってスコット・ブラックマン会長が「ナサール事件」の責任をとって辞任。上部機関として対応を誤ったことを認めてその職務を放棄した。
後任はそれまで全米ゴルフ協会(USGA)で役員を務めていたサラ・ハーシュランド氏。当然のことながら体操協会の改革が就任後の最初の重要な仕事となったのだが、「ずっと体操協会の動きを注視してきたが、正直言って落胆している。リーダーシップに関して修正する時が来ている」と、同じ女性リーダーでもある体操協会のペリー会長に“ダメ出し”をしてしまった。
ペリー会長は8月にシンシナティ体操協会のメアリー・リー・トレイシー氏をUSAGの役員に加えたのだが、すぐに元代表選手が「彼女はナサール元トレーナーの擁護派だった」と指摘。同氏は結局辞任することになるのだが、ペリー会長は職務にとどまるか辞任するかの選択権を本人に与えたことから、その消極姿勢が問題視された。
ミシガン州立大体操チームに所属していた同トレーナーには今年1月に禁錮40〜175年の実刑が宣告されている。事実上の無期刑。それほどの重罪を犯した受刑者を擁護した人物へのあやふやな態度が、USOCのハーシュランド新会長にとっては許しがたいものだったようだ。
ただしUSAGの隠ぺい体質は最近になって生まれたわけではない。法律がその体質を生むきっかけを作ったとは言え、(きっといたであろう)改革派をつぶし続けてきた背景には、古い時代に固執する権力者たちがいろいろなポストに座り続けたからではないだろうか。
スポーツの組織はまだまだ未熟だ。日本でも今年になってどれほどの団体がガバナンス不足を問われてきただろう。これを改革するには、第三者委員会的な役割を担う統合組織を五輪委員会の上部に据え、その高い位置から“麓(ふもと)”を見下ろす絶対的なリーダーが必要だが、その候補者を探すのは大統領や総理大臣を選ぶことより難航するかもしれない。
2016年11月。テッド・スティーブンス法は改正され、選手に対して虐待行為があった場合には、それを報告することが義務付けられた。にもかかわらず、選手側も組織側も風通しが良くなったわけではなかった。
東京五輪まであと2年。米国も日本も「役員ファースト」の悪しき風習を捨てることが求められる。それに気づくべき時が「今」なのだと思うのだが…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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