“9秒台の世界”へ――山県亮太 ライバル・桐生と「やっと勝負ができる」
2018年10月12日 12:00
陸上
「一瞬、気持ちがそっちに持って行かれそうになりました。でも、そこで、左右を気にせずに走れました」
最後まで食らいついて、自己タイ記録の10秒00で銅メダルを手にした。2位のオグノデ(カタール)と同タイムだったため、着差判定の時だけに公表される1000分の1秒単位の計測値は9秒997。公式記録は10秒00ながら、悲願の領域に半歩踏み入れた記憶に残るレースになった。
慶大卒の秀才ランナーは、競技のプラスになるように、定期的に読書にふける。勝負の世界に身を置く成功者の思考から多くのヒントを得てきた。2度目の10秒00は、棋士の言葉が支えになった。
「将棋の森内俊之さん(十八世名人資格保持者)の言葉に“2度目のミスをしない”というのがあります。将棋も1回は失敗することはある。でも、それが致命傷になることは少ないようで、動揺して2個、3個とミスを重ねることが致命傷になるそうなんです。だから、失敗した時に、次にすべきことに集中する。そうすれば勝てる、と。その言葉に、すごく勇気をもらいました。アジア大会も、その言葉があったからじゃないですかね」
敗れても9秒台に限りなく近づいた。勝った時に好記録を出す選手と、負けても好記録を出す選手に分かれる種目。山県は後者。周囲に惑わされない秘訣(ひけつ)は、ミスに対する考え方にある。
「僕は100メートルの中に、やるべき技術を8つちりばめています。でも、全てうまくいくことはありません。必ずミスが出ます。だから、これだけは外せないという点を2つに絞って走っています」
失敗を前提とした“引き算”で100メートルを組み立てる。日本最速の桐生と戦う時も、同じように結果から逆算して練習をしている。
「僕が想像するのは、万全の桐生君なんです。スイッチが入った彼に勝つためには、どれぐらいのタイムを出さなければいけないかを、いつも考えます。この練習、このタイムだと、今の自分ではまだ勝てない。そう思う時期もありました」
桐生が13年に10秒01を出してから、常に存在を意識をしてきた。
「ライバルというより、僕は桐生君より一段下がった位置にいると思っていました。彼の10秒0台は、だいたい10秒0台の前半なんです。僕は布勢(スプリント、16年)で10秒06を出すまでは、すごくハマったレースをしても(10秒)07、08。それに、ある種の引け目を感じていました。(昨年9月に)00を出してやっと勝負ができる、という気持ちになりました。その時には、彼はもう9秒台の世界にいましたけどね」
対照的な性格だと言われることが多い。
「2人で陸上観を話すことはないです。桐生君は話に付き合ってくれそうですけど、そういう話は退屈しそうで、こっちの気が引けます。彼は、気持ちを盛り上げていいパフォーマンスを出すスタイルかなと思います。自分は、桐生君のようにレース前に音楽を聞かないですし、まずもって、性格的に盛り上がるのが難しくて…。気持ちを高めるよりも、どのポイントを外さないかを考えてばかり。だから、試合前のテンションって、もの凄く低いんですよ」
6月の日本選手権で10秒05、9月の全日本実業団対抗選手権で10秒01を出してともに優勝するなど、今季の桐生との直接対決で一度も先着を許さなかった。それどころか、日本人に“負けなし”で1年を終えた。10月は完全休養をする。
「最近、キャンプにこり始めています。1泊2日で行けるように、テント、寝袋、たき火台、ダッチオーブン、まな板セットなどを買いました。自然の中に身を置くことがもともと大好き。小さい頃に家族でアウトドアをよくしたことが影響しているんでしょうね」
来年は世界ランキング上昇を目指し、海外に積極参戦する。19年ドーハ世界選手権、20年東京五輪での決勝進出へ―。クレバーな頭脳は、目的達成の逆算ができるているはずだ。
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