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データで見る八村の9戦目 ボストンの初陣で苦しんだスーパースター 初代背番号8も黒星

2019年11月14日 12:41

バスケット

データで見る八村の9戦目 ボストンの初陣で苦しんだスーパースター 初代背番号8も黒星
アウト・オブ・バウンズを宣告されたウィザーズの八村(AP) Photo By AP
 ウィザーズの八村塁(21)は初めてボストン(マサチューセッツ州)での試合を経験。21得点を挙げたものの、ファウルトラブルの影響でプレータイムは24分に限られ、大事な場面でスコアを伸ばせなかった。
 NBAは1946年にBAAとして誕生。そのとき所属した11チーム中、セルティクス、ウォリアーズ、ニックスの3チームが現在まで残っているが、セルティクスの地元ボストンは多くのスーパースターのルーキー時代に“鬼門”として立ちはだかってきた。

 マイケル・ジョーダン(元ブルズ)は1986年4月20日、当時のセルティクスの本拠地だった「ボストン・ガーデン」で再延長の末に63得点を挙げ、対戦相手だったラリー・バードから「彼はマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」と呼ばれたが、試合は131―135で敗北。最初にボストンで試合を行った新人時代の1985年1月8日にも36得点を稼ぎながら108―111で敗れ、現在までリーグ最多の21回のファイナル制覇を誇るセルティクスに対して、若手時代には敵地ボストンでは辛酸をなめた。

 ボストンでの“初陣”で勝てなかったスター選手としてはレブロン・ジェームズ(34=現レイカーズ)もいる。2003年11月14日に敵地に乗り込んだが、まだ18歳11カ月という若さもあって自分のプレーができず、36分出場しながら10得点にとどまって82―91で敗れた。

 八村にとって頼れるチームメートとなっているブラドリー・ビール(26)は2012年11月7日に初めてボストンでセルティクスと対戦。38分出場して16得点を記録したが94―100で黒星を喫した。またアキレス腱の手術の影響で現在ベンチから外れているウィザーズ本来の大黒柱、ジョン・ウォール(29)は2011年4月8日にボストンで初めてセルティクスと顔を合わせ、ドラフト全体トップ指名選手らしく20得点と7アシストをマークしたものの、88―104で勝つことはできなかった。

 ウィザーズは1961年にシカゴ・パッカーズとして誕生したが、そのときドラフト全体トップ指名で入団したのがセンターのウォルト・ベラミー。チーム初代の背番号8はこのシーズンで79試合に出場してリーグ2位の31・6得点をマークして新人王にも輝いたが、ボストンでの最初のゲームは121―140で完敗。33得点と25リバウンドを記録しながらの黒星で、同じ背番号を身につけている八村の大先輩もボストンで苦い経験をしている。

 リーグ屈指のシューター、ステフィン・カリー(31=ウォリアーズ)は2009年11月18日に95―109、ウォリアーズからネッツに移籍したケビン・デュラント(31)は2008年3月12日に82―111で敗れており、ルーキー時代にボストンでの初戦でNBAの壁に跳ね返された選手はズラリ。ここで負けたからといって下を向く必要がないことは実力派となった“先輩”が証明しており、八村もこの日の経験を生かして、今後につなげていってほしいと思う。(高柳 昌弥)

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