追悼連載~「コービー激動の41年」その51 残り0・4秒からの攻防
2020年04月07日 08:00
バスケット
![追悼連載~「コービー激動の41年」その51 残り0・4秒からの攻防](/sports/news/2020/04/07/jpeg/20200406s00011061108000p_view.jpg)
試合はレイカーズにとって左サイドのスローインで再開。審判からボールを渡されたのはゲイリー・ペイトンだった。スローワーというのはブザービーターの可能性のある局面では「第2の選択肢」となるシューターでもあるが、さすがに0・4秒ではリターンをもらってシュートを打つのは無理。この時点でペイトンは“フィニッシャー”ではなくなった。
残りの4選手はスパーズ陣内のフリースローラインと平行に整列。ペイトンに近い方から、オニール、カール・マローン、デレク・フィッシャー、ブライアントの順で並んだ。最初に動いたのはオニール。時計の針とは反対回りにムーブした。背後の3人を壁にして回り込みリングに接近。おそらくこれがジャクソンの指示した「第1の選択肢」だったと思う。スローインからのアリウープならば残り0・4秒でも逆転可能。そんな目論見だったことが映像からうかがえる。しかしスパーズは「そんなことはわかりきっていますよ」と言わんばかりに213センチのラショー・ネステロビッチが先回りしてゴール下に陣取っていた。
ペイトンはやむなく「第2の選択肢」に向かう。それがブライアント。オニールが動いたあと、ブライアントは「壁」になったマローンの横をすり抜けて左サイドの3点シュートラインの外に勢いよく飛び出した。ノーモーションでシュートを打てるポイントはここしかなかったからだ。しかしこれもスパーズはお見通し。デビン・ブラウンとともに、かつてレイカーズで優勝に貢献したロバート・オーリーが背番号8に対してダブルチームで密着した。
シュートどころかこれではパスを受け取るのも不可能。残っているのはあと2人だ。だがマローンはクイックリリースでシュートが打てない。推理小説の犯人は最も意外な人物であるようにプロットが練り上げられているケースが多いが、この時のレイカーズもそうだった。
残った人物は1人しかいない。オニールとブライアントの2枚看板をふさがれてしまったレイカーズ。ただしブライアントがブラウンとオーリーの2人を引きつけたことが結果的にはラッキーだった。問題はシュートを放つ位置。彼は左利きだ。左サイドのスローインから左45度のポジションでクイックリリースからシュートを放つ場合、ブライアントのような右利きの選手なら右肩がすでに前にある状態なので、ボールをキャッチした瞬間に両足のつま先で“離陸”すればシュートが可能だ。だが左利きの選手だと、このエリアでは体を時計回りにひねらないと左肩が前に出ない。おそろしく難度が高いシュートになる。しかもこのシーズンのフィールドゴール成功率は35・2%。彼のキャリアの中でもさほど高くない。それでも奇跡が起きた。両手を高く突き上げて歓喜する選手の姿…。わずか0・4秒で、それはスパーズからレイカーズのものになった。
最後に電光石火のシュートを放ったのはブライアントのドラフト同期生。ブライアントがホーネッツに指名されてから11番うしろとなる1996年の全体24番目指名選手が劇的な一発を沈めたのだった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。