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野村語録は永遠に(1)「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

2020年02月12日 06:00

野球

野村語録は永遠に(1)「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
ヤクルト監督時代の野村克也氏 Photo By スポニチ
 【野村克也氏死去 】 「ボヤき」が代名詞だった野村克也氏は、数々の印象的な言葉を残した。心に響く名言もあれば、笑いを誘う“迷言”も。09年には「ボヤき」が新語・流行語大賞でトップ10入りし「ボヤきが出るのは元気な証拠。ボヤかなくなったらご臨終です」とスピーチ。もう聞くことはできない野村語録を紹介する。
 「悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある。王や長嶋がヒマワリなら、俺はひっそりと日本海に咲く月見草。少ない観客のもとで寂しく咲く花だ」(75年5月22日の日本ハム戦。通算600号本塁打を放った時の談話)

 「抑えの切り札として野球の革命児になってもらいたい」(南海の監督兼捕手だった76年、阪神から移籍した江夏豊に当時は異例のストッパー専任を指示)

 「生涯一捕手」(77年に南海から兼任監督を解任されたが、引退せずにロッテ、西武でプレー。流行語にもなる)

 「1年目に種をまき、2年目に水をやり、3年目に花を咲かせましょう」(監督就任3年目の92年にリーグ優勝したヤクルトのチームづくりについて)

 「勇将の下に弱卒なし」(95年10月26日、日本シリーズでオリックスを破りヤクルト監督として2度目の日本一)

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」(江戸時代の剣術の達人、松浦静山の剣術書「剣談」から引用)

 「(選手への接し方の順番は)無視、称賛、非難。(称賛することは)一人前扱いしていないということ。きょう称賛された選手が、あすは非難を浴びるようになってくれればいい」(野村流の選手育成術)

 「オールスター戦という格式の高いイベントを冒とくしとる。試合を放棄しようかと思った」(96年7月21日のオールスター第2戦で、全パの仰木監督が巨人・松井の打席でオリックス・イチローをマウンドへ。これに怒った全セ・野村監督は投手のヤクルト・高津を代打に送る)

 「常識的に見れば巨人は強い。でも勝負は不思議なもので、強い者が勝つとは限りません」(ヤクルト監督時代の97年1月、清原、ヒルマンらを補強した長嶋巨人に宣戦布告)

 「監督で1000勝という価値観はよく分かりませんが、選手時代の記録とは違った味わいがある」(97年4月16日の横浜(現DeNA)戦で史上9人目の監督通算1000勝を達成)

 「人生の最大の敵、それは“鈍感”である」(指揮官時代に何度も発言)

 「プロ野球選手は野球博士であれ」(ID野球を標ぼうしたヤクルト監督時代など)

 「考え方が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる」(監督時代に好んで使った言葉)

 「俺のライバルは長嶋。生まれも育ちも違う。あいつにだけは負けたくない、と思ってここまでやってきた」(98年2月、米アリゾナ州での春季キャンプで)

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