広澤克実氏 「4番はおまえだ」野村監督の信頼を力に…全力プレーで応えた93年ヤクルト日本一
2020年05月19日 07:00
野球
「あれ?これは喜んでいいのか」。「まだ試合が続くんじゃないのか」――。そんなことを考えていると、捕手の古田敦也が高津の元へ駆け寄っていく姿が見えた。「ほんの数秒だったと思う。あれが“時が止まる”ってことなのかな、と。あんな経験は初めてだった」。広澤は懐かしそうに振り返った。
そして“時が止まった”後は、マウンド上の歓喜の輪にジャンプして飛びついた。
この試合。広澤は初回1死一、三塁でバックスクリーン左へ先制3ランを放った。西武の先発・渡辺久信(現西武GM)から会心の一発。1点リードの8回には遊ゴロで貴重な追加点を挙げた。チームの全得点を叩き出す4打点。でも、そんな活躍よりも、不動の4番の仕事を全うできたことが何よりうれしかった。「信頼されているということがモチベーションになり、エネルギーになった。プレッシャーのかかる4番打者。よりどころが野村監督の信頼だった」
野村監督が就任した90年。開幕当初の4番は、新外国人ドウェイン・マーフィーが打っていた。不振で5月に6番へ降格し、膝の故障で離脱。代わりに3番から昇格したのが広澤だった。4番昇格の日。丸山完二守備走塁コーチがナインに「今日から4番がいないけど頑張れ」と声を掛けたそうで「あれには発奮したよ」と笑う。以来、野村監督は不動の4番としてずっと使い続けてくれた。
日本一になった93年の9月のある日。打撃練習中に、野村監督からこう言われた。「4番はおまえなんだ。日本のプロ野球だから4番は日本人が打つんだ。ハウエル(92年に首位打者、本塁打王の2冠)が打っても同じように見えるかもしれんが、ヤクルトの4番はおまえだ。チームへの影響力が違うんだ」。胸に響く言葉だった。
93年の第7戦。広澤は6回に一塁へ猛然とヘッドスライディングを試みている。チームの士気を高める4番のプレー。実は、前年の同じ西武との日本シリーズ第7戦で本塁へのスライディングでアウトになり、試合に敗れた。「流れを変えた甘いスライディング」と酷評されてからちょうど1年。信頼に全力プレーで応えた。その裏にあるのは、ID野球の本質は常に目的意識を持って全力でプレーするということ。それを広澤は実践したのだ。
昨年12月19日。広澤は都内で野村元監督と会食した。その時「俺の全盛期はあの時期だった。いい思いをさせてもらったよ」と言われたという。「南海時代の3冠王や御堂筋パレードもあるのに、あの時期だと。こちらこそ本当にいい思いをさせてもらった。僕にとっては、あの言葉が野村さんの最後の言葉になってしまった」
不動の4番として分厚い信頼に応えた日本一。ヤクルト黄金時代を告げる秋晴れの西武球場での歓喜は、生涯忘れることはない。(敬称略)
≪ミスターが“打たせてくれた”ロス五輪金≫アマ時代の思い出に残っているのが、1984年のロサンゼルス五輪だ。日本野球史上唯一の金メダル。ドジャースタジアムで行われた地元・米国との決勝で広澤は試合を決める3ランを放った。
公開競技ながら米国にはマーク・マグワイア、台湾には郭泰源らがいた大会。決勝で5番・広澤が放った3ランは左中間席の中段まで伸びた。でも「あの時22歳(明大4年)。そんな偉業だとは思っていなかった」。後になって金メダルの重みが増したが、今でも忘れられない出来事があったという。それは試合のことではない。
1次リーグの米国―台湾戦を偵察した時のこと。VIPルームに入ると、そこに長嶋茂雄氏(現巨人終身名誉監督)がいた。大騒ぎの選手たちを「野球のジャパン?頑張ってくれ」と激励したという。「もう必死に一緒に写真撮って体を触らせてもらった。あれでホームランも打てたのかもしれない」
後にその長嶋監督の下でプレーすることになるとは、もちろん思いもしなかった。
◆広澤 克実(ひろさわ・かつみ)1962年(昭37)4月10日生まれ、茨城県下妻市出身の58歳。栃木・小山から明大へ進み、右の大砲として活躍。3年時に2季連続首位打者、4年時の84年にはロサンゼルス五輪の日本代表の主軸として金メダル獲得に貢献。同年ドラフト1位でヤクルトに入団。野村監督が就任した90年から4番に定着し、打点王を2度獲得した。95年に巨人へFA移籍し、00年阪神へ移籍。03年引退後は阪神の打撃コーチを務めた。通算成績は1736安打、打率・275、306本塁打、985打点。
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