ハの字のサルコウ、腰掛けループの思い出日記 THE ICE2017
2017年08月02日 10:45
フィギュアスケート
プレス担当の協会の方だったと思う、スーツ姿の中年男性が報道陣を相手に熱弁を振るう。「せっかくフィギュアの取材に来てくれたんだ。覚えて帰って下さいね」。
伊藤みどりさんの引退で各社の担当記者が一斉に交代したころ。「カメラさんも一緒に覚えて。ムダにはならないから」。
「あの〜、飛んじゃえば写真的には同じですよね」。無力感に襲われた広報の方の表情は今も忘れない。
それから歳月は流れ…。大阪市中央体育館に向かう地下鉄に乗る。浅田真央さんのプロ初舞台となる「THE ICE2017」。夕立のようなシャッター音とストロボの雷鳴の中の引退会見からまだ3カ月。だが、なんだか懐かしい思いを抱えながら受け付け開始2時間半前の午前10時に到着し、栄光?のビブスNo.1をゲット。カメラ席のいつもの面々も到着し、名古屋だとか、日光だとか、トロントだとか、次の仕事の話が聞こえて来る。みなさん、ご盛業でなによりです。
ショーはバラード1番で幕を開けた。浅田真央さんの輝きは以前と少しも変わっていなかった。きれいで凛とした彼女が撮りたかったら左から(右の顔)、ちょっとおちゃめでかわいい彼女を撮りたかったら右から(左の顔)、デビュー以来、カメラマンの間で言われていたことだが、結局は右からでも左からでも彼女は美しいのだ。
そして彼女と同じ時代を生きているスケーターたちの競演。「お父さん、いつ練習してんねん」と突っ込みたくなる織田信成さん、「鐘」の完全コピーに挑んだ小塚崇彦さん、宇野昌磨と鈴木明子さんは「ラベンダー」。ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番の調べと同時にスポットライトに浮かび上がった高橋大輔さんは、この日のためにきっちり仕上げて来たのだろう。11年前の衣装でキレッキレの足元と美しい着氷。そうだよなあ、この人、こういう人だよなあ。
もう何度も語ってきた2012年のニースの世界選手権。美しき敗者としての彼の物語も忘れられない。フリーでほぼ完璧な演技をした彼と後半、息切れした勝者。ジャッジへの不満は一言ももらさず、勝者とそのスケート技術を称えた。場内からブーイングを浴びた勝者はそれで救われた。彼はまだ上へ、もっとうまくなろうとしているのだとその時に感じた。
素晴らしきショーは大歓声の中で幕を閉じた。真央さんの時代、それはすごい時代だったのだと感慨にふける。選手寿命が短いこの競技で奇跡的に才能が競合した時代だった。スター不在と言われた時代に初めてフィギュアスケートを撮った私は、やがて出てきた安藤美姫さんでサルコウ、高橋大輔さんでフリップを覚えた。そして浅田真央さんのトリプルアクセルの成功をいつも願った。飛んじゃえばみな同じと思っていた私がだ。今は自分の時間を生きる彼、彼女たちはスターである。時代は変われど、だ。 (写真部長)
◆長久保豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。慣れないデスクワークが続くと左目だけ二重になることを発見し、心ときめく55歳。
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